君色キャンバス
美術室の前で血が飛び、紗波の目には鮮やかに見えた。
聞こえてくる不良達の声に、過去の母親の面影を取る。
「ふざけんな!」
『この成績はなに!ふざけてるの!?』
「目障りなんだよ!」
『紗波なんていらないわ』
リーダー格の男子が、祐輝を指差しながら、言った言葉。
「お前はできる奴だ。楯突くのが気に入らない。もしも従うってんなら許してやっても良いんだぞ」
あの、聞くだけで鳥肌の立つ、穏やかで澄んだ声が、耳に響いた。
『…あなたは天才。やれば出来る。でも、賢くない紗波は、お母さんは嫌いなの。大丈夫、紗波は天才だから大好きよ』
震えが止まらなかった。
頬に感じた鋭い痛みと、リビングの床に落ちた血の斑点に身を縮めた事を、ぼんやりと思い出す。
やがて、喧嘩が終わる。
祐輝が紗波に伸ばした手は血まみれで__母の手に見えた。
「来ないで…っ!」
知らず知らず、口から出ていた。
祐輝がハッとして自分の手を見ると__悲しげな表情を浮かべた。
「…解った」
いつもなら、心の落ち着く声も、今は恐怖でしかなかった。
「…でも、また会いに行く。…雪の降った日に」
声が出ず、唇だけで解ったと返事をすると、祐輝が歩いて行くのを見てから、美術室の扉を閉め、鍵をかけた。
暗幕を拾い、身体を包み、美術室の端でギュッと膝を抱え込む。
ザァザァと雨が泣く。
『…雪の降った日に』
雪は当分 降らないだろう。
一度も祐輝と会わないまま、十一月は終わった。