君色キャンバス
七時五分、応接室の扉が開く。
ビクッと小阪は扉の方を見るが、紗波はテーブルの上にキャンバスを置き、ソファに座って、窓の外を眺めていた。
片宮が祐輝を引き連れ、応接室の中に踏み込む。
「描けましたか?紗波さん、小阪先生」
「…まだ俺はできてない。だからもう少し…」
小阪が言い訳がましく言う言葉を、片宮は聞こうとしていない。
「例えできていなくとも、見せる事はできるはずです…。見せて下さい」
紗波がすっとキャンバスを差し出し、祐輝が小阪に歩み寄り、隠すキャンバスを引き上げた。
「往生際が悪りいんだよ!」
小阪が怯え、キャンバスを放す。
紗波のキャンバスに描かれたのは、“銀色の雪林”。
展覧会に出された絵の全てのタッチと同じ、繊細な線。
小阪のキャンバスに描かれたのは、“窓から見える景色”。
__線に線が塗りつぶされ、展覧会の絵とはまるで違う。
無音の応接室、聞こえるのは雪降る音と静かに流れる曲のみだ。
一生のような一秒が続く。
「…小阪先生」
片宮が冷酷に言い放つ。
「…もう二度と、この世界に戻る事はできないと思って下さい」
小阪の描かれた絵画が放り投げられ、片宮の持つキャンバスは、紗波の描かれた雪。
「紗波さん…真実を教えて頂き、ありがとうございます。小阪、さっさと出て行って下さい」
闇色と闇色が混ざり合い、白に薄められ、黒に染められ、若紫の絵の具が垂らされ、キャンバスの中で交差する__