君色キャンバス
月の蒼白い光りがベッドのシーツを染め上げ、祐輝の顔を照らした。
「…知りてえの?別にこだわるもんでもねえけどさ」
「…うん」
この気持ちの正体はわからないが、紗波は、祐輝のことが、知りたかった。
祐輝はんー、と唸り、黒く染められた髪をいじりながら、なんでもないことのように言い表した。
「…別に、久岡に比べたら、ちっちゃすぎることがキッカケかな。俺の両親、中学二年の半ばの時に離婚して、父親に引き取られたんだけど」
「…」
紗波は、祐輝の口から綯われる言葉の一言も聞き漏らさないように、真剣に耳を傾ける。
「…父親と二人だけの家が寂しくて、帰るのが嫌だったんだ。そして悪い仲間とつるんで、夜更けまで遊びまくった。そいつらに進められて、タバコも吸った」
祐輝の横顔は少し沈み込んでいて、過去の自らの行いに慚愧しているように見えた。
紗波は口を挟まず、祐輝を見つめ続ける。
「…バカだなー、俺。幼少期に空手と柔道習ってたこともあって、俺、喧嘩負けなしとか言われてさ。調子に乗って、それでとうとう…父親に見捨てられた。
…で、もう悔しくて、悲しくて。そのさみしさを紛らわすためにやんちゃしまくった、ってとこかな」
語り終わったあと、祐輝は紗波に向かって微笑したが、その表情には影が差していた。
その話を聞いて、紗波の心の疑問はより一層、大きくなった。
「ながお…」
「よしっ、この話 終わり!ちょっと久岡にいいたいことがあるんだけどさ」
祐輝が楽しそうに話し始め、紗波は開きかけた口を閉じた。
(…なんで…)
紗波は、キュッと拳を握りしめる。
「…俺さ、思ったんだけど…この話を小説にして良いか?」
そう言って、月にも、太陽にも負けぬような明るい笑顔を浮かべた。
(…なんで…っ…)
右手が、祐輝の笑顔を描きたいと疼く。
頬を、暖かい、何かが__伝った。
「…って、久岡!?何で泣いてんだ?」
ポタリと頬を流れ落ちていくソレは、病室の白い床に垂れ、小さな水溜りを作った。
これがなんなのか解らない。
モヤモヤとした霧のかかった気持ち、心から溢れる思い。
(…なんで、なの、流岡…この思いは、何…?)
夜空の星が一つ、瞬いた。
零れ落ちた涙を拭う事もせず、紗波は、祐輝に問う。
あの日から、ずっと疑問に思っていた。
紗波は祐輝の方を向き、半ば叫ぶようにその言葉を言った。
「っ…どうして君は…
不幸の中で笑えるの…?」
明日の手術が成功したとしても、五十パーセントの危険が一生つきまとう。
何で笑えるのか、解らなかった。
月の光りが強くなる。
「…不幸よりも、闇の中よりも、恐ろしいモノなんて、ないのに…!」
こみ上げてくる熱い思いと、頬を濡らす透明な涙。
祐輝は呆然と紗波を見つめた後、
穏やかに__微笑んだ。