君色キャンバス
橙色
ガラガラ…
少しばかり埃っぽい美術室の扉が開くと、その真ん中にあるのは、一昨日描いた感情の無い月だ。
その横をすり抜けて、キャンバスを引っ張り出すと、月を扉の前にあるパイプ椅子に立て掛けて、白いキャンバスをイーゼルに乗せた。
目の前に広がる、真っ白なキャンバス。
パレットを持つと、赤、青、黄、白、黒の絵の具を出した。
パレットの上で、小さな五つの湖を作る。
「…何を描こう?」
暫らくジッと考えた後、パレットと筆を床に置いて立ち上がると、美術室の奥にある本棚に向かって歩いた。
ある一つの作品を手に取り、パッとページを開く。
そのページには、桜がひらひらと舞う様子が、事細やかに書かれている。
紗波は何度もそのページだけを読むと、キャンバス前の椅子に戻り、筆を手にとった。
赤と白を混ぜ合わせて、薄い薄いピンク色を作り、桜を描く。
ひらひら、ひらひらと、絵の中の桜は舞う。
十二時半、十二時四十五分と時間は過ぎて、一時を少し過ぎた。
紗波は一心不乱に、想像の中の桜を描く。
本の描写を絵にするというのを、この美術部では行なった事があった。
紗波は細い筆を使って、幹の部分を木肌色で塗りたくる。
桜は絵の中で、蝶のように舞い踊っては黄土色の地面に散っていく。
もちろん、その絵には込められた思いなど微塵も感じられないが。
(もう少し)
もう少しで、桜は完成だ。
あと、桜を一本、咲かせるだけだ。
筆を構えて、どこに咲かせようかを思案する。
やがて、その場所が決まった。
木の根元だ。
筆を木の根元に着けた、その時。