君色キャンバス
夜、十一時半の卯花高校の美術室の中は、月の光で照らされている。
電気をつけていないため、外からみても、誰かが居るとは解らない。
警備員もとうに見回りを済まして、当直室で寝ていた。
この高校に、ハイテクの監視カメラなどついていない。
美術室の、ごちゃごちゃとした棚の上に立った筆や、美の女神アフロディーテを象った、両腕のない『ミロのヴィーナス』といった像のレプリカが、床に様々な形の影を作る。
その美術室の真ん中には、キャンバスが立て掛けられたイーゼルがあった。
そのキャンバスの前に座る、一人の少女の姿も。
左手にパレット、右手に筆を握る少女。
名前は、久岡 紗波(ヒサオカ サナミ)。
列記とした、ここ卯花高校の二年三組に在学する、女子高生だ。
端正な、整った美しい顔の色は白く、前髪の間から見える、黒曜石のような瞳。
しかし、その瞳に光はない。
艶やかな腰まである長い髪を、邪魔だとでも言うように一つに括っている。
なぜ、こんな夜更けの学校に居るのかは解らない。