君色キャンバス
「あ、えーと…ごめんな」
「うん」
紗波はそれだけを言うと、祐輝の傍を通って美術室の中に入った。
キャンバスを奥から引っ張りだそうと手を伸ばすと、足を開いて、後ろ向きにパイプ椅子に座っている祐輝が尋ねてくる。
「…なぁ、お前って久岡?久岡 紗波、だよな」
作業をピタリと止めて、紗波は祐輝の方を向くと、コクンと頷いた。
ジッと自分の目を見てくるその冷たい目は、感情を読み取る事ができない。
「…『天才人形』って言われてる、あの久岡か?」
その言葉に、紗波は首を縦に小さく振ると、また向こうを向いた。
“天才人形”。
その文字から想像できる意味は、言わずとも解るだろう。
祐輝は黙り込むと、そのまま天井の方を向いた。
腕を背もたれに乗せ、ぼんやりと何かを考えているようだ。
紗波がイーゼルにキャンバスを立てかけて、対象を探している。
「…何を描こう?」
祐輝はそれを暫らく見つめてから、
「…帰らねえの?」
と、呟きとも取れる声で言った。
「…帰らない」
「ふーん…」
祐輝が腕を組む。
そして、三十秒後、祐輝は何を思ったのか、立ち上がると扉に向かって歩いた。
カチッ、と軽く鍵をかける音。
祐輝はまたパイプ椅子に反対向きに座ると、紗波に言った。
「描くもんねえならさ、もっかい俺を描いてくれよ。…あ、イケメンに描けよ」
紗波は虚ろな目で祐輝を見つめてから、絵の具を取り出すと、パレットに出した。
パレットの上が赤、青、黄、黒、白の色に盛り上がる。
美術室の中を、夕陽が照らす。