君色キャンバス
紗波はジッと、キャンバスのその中心を睨み、何かを考え込んでいる。
やがて、ポツンと、呟いた。
「…何を描こう?」
ふわりと、石鹸の匂いが漂い、ポニーテールが揺れた。
周りをキョロキョロと見回して、机の上に置かれている、赤いガーベラの生けられた花瓶に目を止める。
「…花を描こうか」
そして、筆とパレットを持ったまま立ち上がると、窓の外に映る、煌びやかな街の夜景__まだ街は眠っていない__を眺めた。
ここは、緑は多い田舎だが、街が眠るのが遅いのはすぐに解る。
紗波は暫くその風景を見た後、また、呟いた。
「…街を描こうか」
次に、星が輝き月が光る、五月十六日の夜空を見上げた。
黒曜石の瞳に映る、月。
紗波は月から目を離さなかった。
「…月を描こうか」
スッと歩いて行って、キャンバスの前の椅子に座る。
その横顔は、見惚れるほどに美しい。
紗波は足元の絵の具入れから、赤、青、
黄、白、黒のチューブを出し、パレットにたっぷりと乗せた。
青と黒を混ぜながら、夜空をただ、見つめる。
パレットの表面が、夜空色に染まっていく。
紗波は筆に夜空色を付けると、一心不乱に、キャンバスの上で筆を踊らせた。
__朝、五時。
美術室には、床で眠る紗波と、色の付いたキャンバス。
そのキャンバスに写る満月は、儚く繊細なタッチで描かれており、煌々と静かに輝いている。
しかし、そこから感じる感情や、優しさなんてものは微塵もない。
なぜなのだろうか。
その感情の無い月は、何かを当てはめているようだった。