君色キャンバス
「…今日は居ない…な。ったくあの餓鬼ー俺が解雇されたらどーすんだってーのー!」
ぷうん、と酒の香りが美術室に漂った。
呂律の回っていない言葉で散々 喚きながら、美術室を物色しているようだ。
「あの餓鬼…俺なんかリストラされろってかぁー!?たかが絵を描くためだけに学校に居残ってんじゃねーよっ!燃やしてやろうか!」
かなり酔っ払っていることが、その声色からでも解る。
祐輝は心の中で首を傾げた。
(…あの餓鬼って誰だ?俺?)
警備員はまだ喚いて、美術室の中を右に左に歩き回る。
暗幕の隙間から、『ミロのヴィーナス』に抱きついているのを、祐輝は見た。
「女神様ー!あの餓鬼を追っ払ってくれたんですねぇー!」
不快に思う。
(…キメェ)
やがて、警備員が一際大きな声で叫び喚いた。
「あの壊れた人間め!なーにが“天才人形”だ!調子に乗るなっ!」
それを聞いて、祐輝は理解をし、暗幕の中から飛び出したい衝動に駆られた。
なぜこんな衝動に駆られたのかは解らない。
必死にその衝動を殺して、息を潜め、ただ、待った。
警備員が出て行き、鍵がガチャッと乱暴に閉められる。
ノソノソと出ると、二つの意味で火照る顔を叩いて、祐輝は穏やかに話しかける。
「…ちゃんと仕事してないな、あの警備員。リストラされろ」
「…うん」
紗波はさっきの罵りを気にしていないように返事をし、時計を見た。
__十時半。