君色キャンバス
さわさわ、さわさわ。
今日も変わらず、草花達は爽やかな風に揺すられて、気持ちの良い音を奏でている。
紗波は、右手に鉛筆、左手に現代史のノートを持ったままで、噴水の周りのベンチに座った。
卯花高校には、基本的に真面目な生徒が多いため、中庭に人影はない。
しん、と静まり返った三アールほどの中庭は今や、紗波だけの空間だ。
「…何を描こう?」
ポツン、とそう呟くと、紗波は校舎に四角く切り取られた、青い空を見上げた。
「空を描こうか」
青い青い、広大な空。
次に、紗波は植物が青々と生える中庭を見回した。
「自然を描こうか」
生命力を感じさせる、中庭の植物。
最期に、紗波は噴水の中にいる錦鯉に目を止める。
「…命を、描こうか」
大きな錦鯉は、命を持って、太陽に反射して光っている。
紗波は無表情のままで、美しい錦鯉を描き始めた。
創作途中、ノートに描かれている鯉に、煌めく命は無い。