君色キャンバス
シュッ、シュッと鉛筆がノートに黒線を引いていく。
その鉛筆画は、雪舟の水墨画にも負けないほどの濃淡さ、そして滑らかな美しさを放っている。
__そこに輝きや感情が無いだけで。
紗波が、一際 濃く太い黒線を引いた時、隣から、聞き覚えのある声がした。
「あれ、やっぱサボってんのかよ」
笑いを含んだ声。
その声の持ち主は、紗波の隣のスペースに座った。
祐輝だ。
紗波は何も言わず、小さく頷いてから、錦鯉のヒレを描く。
「また、絵ぇ描いてるのか?」
祐輝はその錦鯉の絵を覗き込んで、感心したように言う。
「…うん」
紗波は返事をしただけで、表情を少しも変えずに描き続けた。
「…まぁ、良いのは良いよな」
ピタッと紗波の動きが止まる。
祐輝はそれに気づかないで、どこか遠くを見ていた。
「…うーん、でもな…なんていうか、久岡の絵って感情が無いというか…」
紗波はそれを聞くと、また、何事も無かったかのように鉛筆を滑らせる。
そんな紗波の様子を見て、祐輝は右に左に、首を振った。
(わ、俺 何を言ってんだ!)
その刹那、祐輝の耳に聞こえた言葉。
「…授業は」
紗波はノートから目を離さないまま、独り言のように、呟いた。
「…は?」
(…は?)
思考が追いつかない。
祐輝は、紗波に話しかけた事は何度もあるが、話しかけられた事は無かった。
その言葉に、祐輝は挙動不審になった。