君色キャンバス
「…現実の世界の真実は?」
祐輝が小声で尋ね、チラリと時計を見た。
短い針が八、長い針が四十五を指す。
「現実の世界…この世は汚い」
紗波が言い切り、祐輝が面食らう。
「き、汚い??」
「…汚い」
紗波が無機質な声で、感情を込める事もせずにそう言った。
「この世には犯罪がある…差別だって。権力で脅す事も出来る。財産で人を殺す事も」
祐輝は黙って真剣に聞くしかない。
「売春がある、責任をなすりつける事も出来る…人から名声を奪う事も」
まるで、経験をしたような、そんな口振りで紗波は続けた。
「そんな現実は汚い」
すぅ、と紗波が息を吸って、ゆっくりとアジサイの花弁の色を塗る。
「それを、描く…それを見て、何を思う?」
紗波が瑠璃色の色鉛筆を、テーブルに置いた。
落書き帳の上には、可愛らしいアジサイが咲いている。
しかし、何も問いかけてはこない。
「アジサイも同じ…元々は、中庭には咲いていなかった…お金で命を買われた…買われなければ、枯れてたとしたら?…買われたからこそ、生きる事が出来ている…それを見て、何を思う?アジサイは、不幸か幸福か…」
紗波が、感情の無い瞳で、祐輝の茶色い瞳を見つめた。