君色キャンバス
紗波は帰る気が無いらしく、美術室を見回しても、生徒鞄は置いていなかった。
一度 色鉛筆を置いて休息を取り、グッと手を伸ばしている。
「紗波、帰ろってば」
「帰りたくない」
頑なに拒み、紗波は瑠璃色の色鉛筆をカンカン箱の中に入れた。
最初は十六センチメートルくらいだった色鉛筆が、十センチメートル程に縮んでいる。
「紗波…家に帰りたくないのは解るよ…でも、美術室に泊まるのは…私の家に泊まれば?」
小百合が少し声を落として、囁いた。
「…迷惑だから…良い」
紗波がタンスを開けて、カンカン箱をしまう。
小百合がため息をつく。
「迷惑じゃない、って言ってるのに」
「大丈夫だから…小百合は、明るい家に帰って」
キャンバスを取り出しながら、紗波が冷たい__氷のような声で、小百合に言った。
明るい家に帰って。
その意味を小百合は悟った。
「…」
小百合の瞳が、少し潤んでくる。
紗波は小百合に背を向けている。
「…解った、帰るね」
小百合が明るく、いつもの調子で言うと、ぎこちなく扉を開けて出て行った。
「…」
紗波は一人、美術室に取り残された。
キャンバスをイーゼルに立てかけると、絵の具を用意して、パレットを持つ。
キャンバス前の椅子に座り、背筋を伸ばしてその中心を睨む。
真っ白な表面の布地は、鏡のように紗波を映し出しそうだ。