君色キャンバス
紗波は立ち上がると、机の上にパレットと筆を置いた。
一つにギュッと縛られた黒髪をほどくと、ふわりと広がって、肩に乗る。
朝から括っていたためか、大きな癖がくっきりとついている。
キャンバスに描かれたのは、雲の海に沈みゆく紅の夕陽。
その絵の夕陽は、ただ紅いだけだが。
ふぅ、と一つ息を吐いて、紗波は美術室に飾られた絵を見て回った。
他の美術部員が描いた絵だ。
卯花高校の美術部は、好きな時に好きな絵を描くという、緩い活動を主としている。
両腕の無い『ミロのヴィーナス』。
甘酸っぱい匂いが香る苺。
赤い瞳、鋭い牙を生やしたバンパイア。
お伽噺の王国の城で行われる、華やかな舞踏会。
雑草が生い茂る草地に寝転ぶ、白い毛並みの子犬。
風に揺れる柳の木。
その全てを見て回った。
夢が描かれているようなその絵画達を、紗波は睨みつけるように見つめる。
夕陽も完全に沈み、辺りは薄暗く、遠くで、ミャー…とか細い猫の鳴き声がした。
紗波は床にソッと横たわると、長いまつ毛で縁取られた目を、ゆっくりと閉じた。
床の上には、細かい塵が落ちている。