君色キャンバス
キーンコーンカーンコーン。
卯花高校の、一限目を始める合図である、大きな鐘の音が鳴り響く。
卯花高校の歴史は古く、屋上辺りには本物の鐘がついている。
鳴らすのは、校長のようだ。
今日、五月十六日は太陽が元気なので、重い鐘を鳴らすのは、かなりの重労働となるだろう。
校長の禿げ上がった頭の汗が光るのが、目に見える。
それほどに暑い今日なのだから、教室もかなり暑い。
生徒達が暑い暑いと下敷きで顔を仰ぐ中でも、紗波は何もしなかった。
一限目が始まった。
「この式を解いて下さい」
数学教師が黒板に文字を書き、解くように促すが、紗波は鉛筆を動かさず、ボーッと空を眺めている。
たまに雲が浮かぶ青空だ。
「はい、答えは」
解る人は手を挙げて、と数学教師は言う。
パッパッと手が挙がる。
しかし、紗波は青空から目を離すと、鉛筆を握り締め、ノートに何かを描き始めた。
__数分後、ノートに描き出されたのは、“輝いていない”空。
美しい濃淡で描かれたその空は、哀しみも優しさも、何も込められていなかった。
紗波はただ、ノートに絵を描き続ける。
授業を受ける気など、これっぽっちもない。
それを見兼ねた数学教師が、紗波に別の式の答えを問う。
紗波が立ち上がり、感情のない声で、その問題の正解を言った。
特に自慢気に微笑むまでもなく、あくまでも無表情で、席に座る。
休み時間、小百合に話しかけられても、笑う事はない。
クラスメイトに何かを悪く言われているのが、聞こえる。
「久岡ってさ…」
「解る解る…マジムカつく…」
気を悪くする事も、文句を言う事も、紗波は怒る事もない。