君色キャンバス
小百合がそれを見て、明るい声で
「何を描くの?」
と言った。
「…」
紗波は答えず、中庭を見回す。
濡れたアジサイや、水を噴き出す噴水、灰色の空__
そして、気高く美しく咲く、白い薔薇に目を止めた。
「…あれ」
紗波が視線だけを薔薇に向け、鉛筆を握り、小百合に構わずに絵を描き出す。
中庭には、他にも幾人かの生徒がベンチに座り、駄弁っている。
「ヘェ〜、薔薇を描くんだ」
小百合がベンチから立ち上がり、白い薔薇に近寄った。
茎には鋭い棘が幾つも並び、弱く脆い花を守ろうとしている。
紗波は無表情のまま、淡々と薔薇を美しく描いていく。
小百合が紗波の隣に座り、ノートに描かれゆく薔薇を眺めていると、
「普通、停学ん時に宿題なんかだすか?おかげで遊べなかったぜ」
「んなもん、職員室に煙玉 仕掛けた奴が悪りい」
「あん時のあいつ等の顔見たかよ。すっげえ笑えたのに」
と、聞き覚えのある声が二つ、紗波と小百合の座るベンチに近づいてきた。
遠い昔ではなく、最近は頻繁に聞く声と、一度だけ聞いた事のある声だ。
小百合は振り向いてその声の方を見て、「あ」と声を漏らした。
こっちに歩んでくるのは__祐輝と、渋谷で出会った、松島 亮斗だった。
祐輝と亮斗が、笑い合いながらベンチに向かってくる。
やがて、祐輝が紗波と小百合が居るのに気づき、
「…あ、久岡…と、ヒステリー女」
と、言い放った。
小百合の顔が赤くなって、拳がフルフルと震えている。
紗波はその声に振り返り、鉛筆の動きを止めた。