夢見る君影草
 青年は確かにこちらを向いたけれども、スズランには気がついてはいない様だ。

「……?」

 そのまま青年はふっと笑顔を浮かべた。
 見る物全てを明るく照らす、太陽の様な笑顔。

 スズランは直感した。今、目の前にいる青年はいつもあの夢に出てくる不思議な少年なのだと。
 スズランを励ましてくれる〝夢の人〟───。

「あっ、あの……あなたは、、!」

 しかし、青年はまたも踵を返すと今度こそ一度も立ち止まらずに扉へと向かってゆく。その場から動けないスズランとの距離がどんどん開いていく。

「待って! 待って!! おねがい、せっかくまた会えたのに…っ!

 おねがい!まってーーっ!!」


 ──────

 ───


「……スズ! おい……スズ!?」

「…っ!? ……セィシェル??」

 恐る恐る瞳を開くと、目の前にはこちらを心配そうに覗き込むセィシェルの顔があった。

「どうした? めちゃくちゃうなされてたぞ…」

「あ……ゆめ、だったの…?」

「怖い夢でもみたのか?」

「ううん……ちがうの」

 スズランは頭を小さく横に降った。

「そっか、、ならいいけど。じゃあ俺はもう行くから……」

 今見た夢がどうしても現実の事の様に思えて、スズランは酷く悲しくなった。夢と現実が入り混じったままの混乱した頭でスズランはセィシェルを呼び止めた。

「ま、まって。眠れないの……今日…、だけだから、いつもみたいにして…? 駄目?」

 何故だか我儘を言ってみたくなったのだ。その言葉を受けたセィシェルはあからさまに溜息を吐きながら、呆れ顔で返答した。

「……しょうがないな。今日だけだからな!?」

「うん、ありがとう! セィシェル」

 自分の声が相手に届く。相手が返事を返してくれる。そんな当たり前な事にスズランは安堵した。

「ほらな、やっぱスズはまだまだお子様だろ」

「うん…」

「なんだよ、やけに素直じゃん」

「うん……」

 セィシェルは「まったく」と呟きながらベッドに腰を掛け、そのままそっとスズランの頭に手を添える。

「……あれ? いつもみたいに後ろから抱っこはしてくれないの?」

「っ馬っ鹿!! お前どこまでお子様なんだよ!」

「だって、昨日まではそうしてくれてたもん…」

 実際、今まではそうやって二人で眠っていたのだが、セィシェルは素っ気なくそっぽを向いてしまった。
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