夢見る君影草
 抱きつきながら上目使いで見つめてくる瞳には涙が溢れんほどに溜まっており、ユージーンは困ったように苦笑した。

「……」

「セィシェルはスズの事嫌いなのかなぁ…?」

 今にも泣き出しそうなスズランに、ユージーンは少し屈んで目線を合わせるとゆっくりと言い聞きかせた。

「スズはもうそろそろ年頃の女の子だろう? あいつ……セィシェルは恥ずかしがっているのさ。最近スズが急に大人びたものだからね」

「…? どうゆうこと??」

「まだスズには分からなくても、あいつには大ごとなのさ。ちょうど良い機会だ、スズは今日から上の一人部屋に移るといい。好きに使えるよう軽く掃除はしておいたからね」

「っ…マスターまで…」

 スズランの瞳の淵に溜まった涙がついにこぼれ落ちた。

「おお、泣かないでおくれスズ。……いつかはそうする日がくるんだ。それが今日なんだよ、でもあいつは別にスズの事が嫌いな訳ではないんだよ?」

「ほんとう? セィシェル、、スズの事嫌いじゃない…?」

 ぐすぐすとべそをかきながら話すスズランを、ユージーンは優しく抱きしめた。

「スズはセィシェルの事を好いてくれてるのかい?」

「うん……。いつも怒っててこわいけど、時々やさしいから。勝手にほんとうのお兄ちゃんみたいって思ってるんだけど、、駄目かなぁ?」

「……そうか、ありがとう。本当はセィシェルも可愛いスズの事が大好きなんだ。もちろん俺だって。本当の娘だと思ってるんだよ?」

「……スズも! スズもマスターだぁいすき!! ほんとうのパパみたい」

 そう言って可憐な笑顔を向けて懐いてくれているスズランを見てユージーンはほんの少し顔を顰めた。こんなにも素直で明るく、可憐に育ったスズランを迎えに来ない本当の父親を思って。

 ───内乱が落ち着けば必ず娘を迎えに来ると言ったスズランの実父。だが、あれから六年という月日が経過した今も一向に迎えは来ず、便りさえ無い。何かあったにせよ連絡の一つすら無いのだ。

 あと数年もすれば、スズランは誰もが振り向く様な絶世の美女へと成長するだろう。
 すぐに別れが来ると思い、男手一つでも少々箱入りに育ててしまった自覚はあるがそれでも構わないと思った。純真で素直で愛らしい 〝娘〟の迎えなど永遠に来なければいいと願ってしまう程に、ユージーンはスズランを大切に、それは大切に育ててきたのだ。

 スズランはもう既に大切な家族の一員なのだから。
< 4 / 14 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop