夢見る君影草
 ───ユージーンに諭されて納得はしたものの、スズランは浮かない顔で屋根裏部屋の掃除をしていた。

「今日からこの部屋でひとりぼっち…」

 夜、ひとりで眠る事を考えるとまた涙が出そうになってしまう。大体セィシェルが何を恥ずかしがっているのか全く理解出来ないスズランは、寂しさでいっぱいになった。
 確かに昨年あたりから急に身長が伸び始め、手足もすらりとして来た。風呂等に至っては昨年どころかずいぶんと前から一人で済ませる様になっていた。
 スズランが接近すると何かと理由を付けて避けるか憎まれ口を叩くものだからてっきり自分は嫌われているものだと思っていたのだが、ユージーンによるとそれは照れ隠しというものらしい。

「よくわかんない…!」

 一通りの掃除を終え、僅かな私物を屋根裏部屋に運び込んで疲れたスズランは、ころんとベッドに身体を投げ出した。そしていつの間にか、そのまま夕暮れ時までふて寝してしまっていた───。


「……んん……えぇっ? わたしいつの間にか寝ちゃってたの?」

 ぼやける目を擦りながら飛び起きると身体には 毛織物(ブランケット)が掛けてあった。

「あれ? マスターが来てくれたのかな?」

 ユージーンの優しさを感じて嬉しくなるのと同時に心が沈む。

「……はぁぁ、また〝あの夢〟見ちゃった…」

 スズランは幼い頃から何度となく同じ夢を見る。
 丁度 今と同じ様な夕暮れ時に何処かの森で迷子になる夢だ。

 ───清らかな小河が流れ、小鳥の囀る美しい森。森の中を彷徨っていると不思議な少年と出逢う。
 少年は泣き虫なスズランを励ます様に破顔し、一緒に父を捜そうと言ってくれる。そして〝涙が止まるおまじない〟と称して瞼に口づけをしてくれるのだ。その太陽みたいな笑顔とおまじないにどれだけ心が救われただろうか。親から見捨てられ、寄る辺のないスズランにとってこの夢はいつも励みになっていた。
 しかし最近は少し複雑な気持ちになってしまう。
 もはやユージーンを本当の父親の様に慕っているのに、この夢を見る事で彼を否定しているかの様な罪悪感を抱いてしまう。
 夢は願望の表れなのだろうか。実父に見捨てられたのは事実だというのに、きっとこれ以上傷つきたくないが為にこんな夢を見るのだ。それも何度も……。
 ふと窓の外を見るとだいぶ陽が傾いてきていた。

「あ、いけない! お洗濯物取り入れないと…!」

 スズランは部屋の小さなテラスの外階段から酒場(バル)の裏口へと降り、裏庭に干してある洗濯物を急いで取り込んだ。

「もうすぐお日様沈んじゃうところだった」
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