夢見る君影草
 当たり前だが、どんなに待っていてもやはり夢の人は現れなかった。

「寒くなってきちゃった…。やっぱりただの夢だもん。来るわけないよね」

 淡い期待を打ち砕かれ、すっかり肩を落としていると突然その肩を強く掴まれスズランは飛び上がった。

「ひゃぁ!?」

「こらっ…スズ!!」

 勢い良く振り返ると、その先には怒りを露わにした表情のセィシェルが両手を腰に当て立っていた。

「セィシェル! どうしてここに?」

「どうしてじゃあねぇだろ!! 早く此処から離れるぞ。……この森に入ったら駄目だって前から言ってるだろ? なんでまたこんな所に来てるんだよ!」

「だ、だって…、洗濯物が風で飛んじゃって、それで…。ごめんなさい」

「わかったから、ほらもう行くぞ!」

 セィシェルはスズランの手から布巾を奪い取ると強引に手首を掴んだ。そしてそのまま早足で酒場(バル)の方へと戻り始めた。
 スズランは名残惜しそうに振り返り、小川と石橋を眺めながらセィシェルに引っ張られる形で酒場(バル)の裏庭へと戻って来た。

「ったく……何勝手なことしてんだよ、この馬鹿っ!」

 セィシェルの怒鳴り声に、スズランはつい身構えて瞳を強く綴じた。

「…っ」

「……心配したんだぞ? さっきまで上の部屋でぐーすか寝てたくせに……」

「!! ……もしかして、毛布をかけてくれたのってセィシェル?」

 スズランが顔を覗き込むと、セィシェルは少し恥ずかしそうに顔をそらしてしまう。

「だったらなんだよっ……店が開く前に洗濯取り込もうとしたらやってあったから、スズだと思ったけどどこ探してもいないから…っ」

 少し照れた様子のセィシェルに、ユージーンの言っている事が少しだけ理解出来た。スズランは嬉しくなり思わず笑みを零す。

「な、何笑ってんだ!」

「ふふ 、だってセィシェル。ほんとうはとっても優しいのに、損してるなって」

「はあ!? 損してるってなんだよ。か、家族なんだから心配して当然だろ?」

 ますますそっぽを向けるセィシェルに、スズランは嬉しさで花が綻ぶ様な笑顔になった。セィシェルは少々口が悪いが、スズランの事を嫌っている訳ではないのだと漸く解ったからだ。

「えへへ」

 安心したら急に気が抜けた。

「何だよ、くそ! つーか!! もう絶対にあの森に行くなよ?」

「あ……うん、でもね…」
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