夢見る君影草
 そして風呂からあがり〝自分の部屋〟へと戻ってきたのだが、ベッドに腰を下ろしていざ独りだという事を実感すると、途端に寂しさが込み上げてきた。

「ちゃんとひとりで眠れるかな……」

 昨日まではセィシェルと大きなベッドで一緒に眠っていた。店を閉めればユージーンも同室で眠る為、スズランは一度もさみしさを感じることなく今日まで過ごしてきた。

「うう、でも。もうちいさな子供じゃないんだから!!」

 スズランはそう呟くと勢い良く布団へと潜り込んで強引に瞳を閉じた。しかし、何度寝返りをうっても睡魔は一向にやってこない。
 どれくらいの間、そうして居ただろうか。

 ───気が付くとスズランは例の王宮の庭にある、あの石橋の上に立って居た。

「……あれれ? ここって秘密の場所!? なんで…? わたし、自分の部屋で……」

 いつもの夢かとも思ったスズランだが、直接肌に感じる冷たい風や踏みしめる石橋の感触はやけに現実的でとても夢とは思えなかった。
 それにあの夢は夕暮れ時だが、今は夜半なのか辺りも真っ暗だ。しかし月明かりのおかげか不思議と恐怖は感じない。だがおかしな事に、スズランはその石橋から一歩も動けなかった。まるで両足の裏側が地面に張り付いてしまったかの様だった。

「……あしが、動かない!!」

 どう頑張っても一向に身動きが取れず、諦めたスズランは仕方なくその場で空に浮かぶ大きな望月を眺めることにした。

「はぁ…。きれいなお月様。満月かな?」

 その時───。
 またもや物凄い突風が吹き荒れ、スズランは瞳を閉じてその場に屈みこんだ。

「…っ!? ……今の、夕方の時と同じ風…?」

 森の樹々がざわつく。
 ふいに王宮の城壁の方へ目を向けると、真っ白な服を着た青年が佇んでいた。真っ暗な庭に、その白い服の青年だけが浮き上がって見える。青年は先程のスズランと同様、空に浮かぶ望月を眺めていた。その横顔は少し悲しげで、そして何処と無くスズランの夢に出てくる人物と似ている気がした。
 暫くすると青年は踵を返し、城壁に築かれた扉へと向かって行く。

「ま、待って!!」

 無意識だった。スズランはその青年に大きな声で呼びかけていた。本当は追いかけたかったのだが、相変わらず両足は地面に張り付いたままだ。

 不意に青年が歩みを止めて振り返る。
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