妖勾伝
「アヤ、
お前……

先程屋敷中に撒き焚いておいた夢幻華の香で、眠っていたんじゃかったのか…?」




珀は恨めしそうに、自身の下口唇をギュッと噛む。

たっぷりとのせられた朱の紅が、捩れる様に輪郭から滲んでいった。







ーーーやっぱり…


アヤはそう確信すると、珀を見つめながらその口からフッと息を漏らした。


周りを取り囲む闇の気配が、小さく揺れる。






「この雑木林に足を踏み入れた時から、怪しいと思っていた。
此処には、
何かあるってね…」


アヤは、ゆっくりと続ける。













「この屋敷に焚かれた、香の匂い…

すぐにピンときたよ。
道すがら懐に抱いた、あの、翡翠色の瞳の白いコネコの匂いだって。」






そう話すアヤの背後で、化け猫に寄りどこっていた闇達が、息を潜める様にジワリと波打つ。

それを横目で静かに見やり、アヤは云った。




「先刻立ち寄った茶店の姐さんに云われていたんだ。
最近、此処いらは物騒だから気を付けるんだよってね。



そして、

『猫』にも…なと。」









心地良く風が凪ぎ入る、小さな茶店ーーー



他愛も無く談笑しあう、アヤと茶店の女。

その小さな会話から、アヤの心に引っかかった気になる女一言。




『猫』ーーー








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