妖勾伝
「酷い目にあったな。」
消えていく二人の後ろ姿を見ながら、神月が山の脇から降りて来た。
痛みにうずくまる二人に、声をかける。
「冗談じゃない。
酷い目どころじゃないぜ。
何で、助けに来てくれないんだよ。」
タツミの鬱陶しい声に、耳を塞ぐ。
「俺は止めたぞ。
自業自得だ。」
ーーそれにしても…
女もそうだったが、男は更にそれを上回っていた。
あの、立ち振る舞い。
武術だけではない、あの身のこなし。
全てに、長けていた。
ーーきっと、俺でもかなわないだろう。
そして、
以前何処で会ったような……
物事に無関心な神月の心に久しぶりに点く、一つの好奇心。
「用事が出来た。」
その見えている片眼だけを、器用に細める神月。
印象に残るその大きな口の端を持ち上げニタッと笑うと、タツミとヨシを残して二人の後を追った。
「おっ、おい!
待てよ、神月。
綺麗な姐さんとこに、遊びに行く約束だったろーー」
虚しく響く声。
清々しい朝靄に溶け、その声はゆっくりと山際に掻き消されていった。