妖勾伝
<3>
「大丈夫か?
レン…」
沢の畔ーーー
辺りは薄暗く、
闇が、二人の背後からゆったりと迫っていた。
目の前に広がる沢は豊かで澄んだ水をたたえ、音もなく静かに下流へと流れていく。
奥には大きな岩々が並び立ち、その脇には朱に染まった彼岸花が首を重たそうに揺らして咲いている。
「あぁ…」
レンはそれ以上は何も云わず、ただアヤに冷やされている右肩の火照りだけをうっすらと感じていた。
沢に辿り着いたアヤは直ぐさま自身の着物の裾を裂きその冷たい沢水に浸すと、懐の帯でたぐしレンの右肩を冷やし始めた。
そこから微かに香る、華の匂い。
少し腫れた、右肩ーーー
そのレンの右肩にある、赤黒く焼け付いた痣と肩から二の腕にかけて大きな斬り傷。
十年程前にできたその斬り傷は大きく皮膚が盛り上がり、その時の酷さを際立たせていた。
『闇』の傷跡ーーー
あまり多くを語らないレンだったが、この傷の話を一度だけしてくれた事をアヤは覚えていた。
語るレンの瞳は何故か淡く、懐かしむ様にも見え
その不思議な感覚がアヤの好奇心を擽ったが、口を閉ざしてしまったレンにそれ以上を聞くことはなかったのだった。