妖勾伝












「小さい男だなぁ…」





僅かに残った最後の酒を煽りながら、神月はクククと笑う。

些細なアヤとレンのやり取りを楽しむかの様に、光を映す片眼に笑みを滲ませた。




「……何を?」


微かな記憶の間をたゆたっていたレンが、即その神月の低く嘲笑う声で現実に引き戻されたのは云うまででもない。





「何をそんなに怯えてるんだ?
手を貸すのを、そんなに拒む必要も無いだろう。」


「怯えている?
ーーこのわちが?」




レンを片眼にとらえ、神月はニタリと口端を緩めた。

一文字に引き締められていた大きな口が、更に大きく歪んでゆく。

何かを云い含めるような、神月の笑み。





「そうだなーー
さしずめ、
今宵、満ち月の光を厭う、牙持つ獣か……」








目にも見えぬ速さで両手に太刀を抜き、その刃先を神月に向けるレンの視線は、

闇にどんどん凍てついてゆく。


闇がかる瞳。

深く、

深くーーー




「やめておけ。」


殺気が迸るレンの刃先を止めたのは、アヤだった。

静かにその瞳を見つめ、云い放つ。





「神月は、
悪い奴じゃない。」










そう、アヤの口から言葉が出た瞬間、レンは座敷間から走り出していた。



ーーー悪い奴じゃない


耳を刺す言葉から逃げ出す様に……





「レン様!」


紫乃の呼ぶ声が、背中に響く。


老婆の見て取れない奇妙な表情が、その場から逃げ出るレンの視界の端に、

微かに映つり、
消えていったーーー
















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