妖勾伝
所々に点された蝋燭の灯りが、ゆらゆらと幻想的に揺らめき立ち、駆け抜けていくレンの横顔を照らし出していた。




ーーーアヤ、

無事でいてくれ…





握り締めた掌は、ジットリと滲み出す汗で湿り、熱を帯びる。

緊張感からか喉の渇きは収まらず、その白い喉元へとレンは何度も唾を飲み下した。







一つ、

二つ……


幾つかの部屋の前を走り過ぎると、先程紫乃に通された座敷間の上がり口が、ぼんやりとレンの瞳に滲み浮かび見える。




其処に居るであろう得体の知れぬ闇の姿を想像し、駈けながらレンは自身の腰に差した小さな二つの太刀に、ソッと手を添えた。





闇を断ち斬る、
鋭い刃先。


熱を持して鞘から抜けば、滴る程の飛沫が迸る。





アヤから預かったその妖刀は、何故かレンにしか抜けぬ厄介な代物であった。


黒葛に代々と受け継がれてきた家宝の妖刀を、

へそ曲がりだ、と云ってアヤが笑ったのは、二人が旅を始める二年前。









舞い散る、
櫻吹雪ーーー



その眩しさに、思わずレンは瞳を細める。

残り櫻が、初夏を想わす暑い風にひとたび追われ、視線を交わす二人の間を吹きすさんだ。




「その命、

もう暫くの間、私に預からせてくれないか…」



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