妖勾伝
全身を覆う、漆黒の毛皮の間。
ギョロリと動く、
紅く煮えた、二つの眼玉ーーー
ーーーね…こ?……
ぶつかる、視線。
その姿を、
確認したと同時ーー
レンは紅く煮えたぎる物怪の眼力に弾き飛ばされ、背後の壁に思い切り躰を打ちつけられたのだった。
ーーッ!
声にならない痛みが、全身を叩く。
計り知れない、闇の大きさ…
そのままズルリと躰を預け、レンは壁にしなだれ落ちた。
「ーーってぇ…」
混沌とする思考を、無理矢理頭から引き離す。
痺れを感じる手先をギュッと握り締め、レンは切れた口元から滴り落ちる血を拳で拭った。
「ーーなんだ、
レンか…
今頃来ても、もう遅いわ……」
霞む視界。
嗄れた声の主は、言葉に悦を含む。
ーーーあの、
老婆…か……?
茶店の親父たちが口にしていた、多発する物怪の首斬り話。
そして、
老婆の息子の影ーー
レンの中でその二つが、ゆっくりと重なってゆく。
目の前に対峙する化け猫の、紅くたぎる眼玉をレンは睨み見上げ、口端に残る血塊を痰と一緒に小さく吐き出した。