妖勾伝
「婆様ァ…」





一寸先。

小さくそう呼び掛ける、珀の息遣いまでが聞こえてきそうな静けさの中。




倒れ込んだ、化け猫の脇腹辺りで、

泥の淵から螻蛄が躰を起こすように、黒い影がもったりと揺れ動く。



その気配にレンは身を硬くし、整えるように深く息を一つ吐き出した。















ーーーっ来る!…





奥歯をギリリときつく噛み締め、レンは構え立つ。


化け猫なら、討つまで…






刃先から手元に向かって流れ込む飛沫ごと、レンは二つの太刀柄を強く握り込んだ。


その時ーーー















「ーーーッ、

ゴッ…ゴホッ……」





その躰に纏われた、張り付く漆黒の衣を拭い去り、

のた打つ闇の間から、現れた姿……






立て膝をついたまま片手を払い、その下等な闇達に噎せかえる。









「………あ…」




レンは眼下に広がる蠢く中に視線を落とし、息をグッとのんだ。

両の腕から、
ハタリと力が抜ける。











ゆっくりと開かれる、二つの瞳。

その瞳に、
蒼白き聡明な炎を、変わらず宿す。













「ーーアヤっ!」




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