不完全な魔女
翌日、ディルバが話していたとおり、準備をそろえてから山上のアスレチック場に2人は出かけた。
「先生!これは何なのぉーーー!」
「おまえが勝手にどっかへ飛んでいかないように、しっかりとヒモを取り付けてやったぞ。」
「私は蜂や虻じゃないのよ。
わざと飛ばしても、巣は見つからないわ。」
「あははは、うまいことを言うなぁ。
まあ、そんなに怒らないでくれよ。
俺につかまってても勢いがつくような遊具が多いから、放り出されてしまったら命の危険があるだろ。」
「あのう・・・
すご~く私のことを心配なさってくれてるのかなぁ・・・とチラっと思ったけれど、かなり違う意味ですよね。
高いところへ投げられたときに、元の大きさにもどっちゃったらって考えると・・・。」
「まぁ俺の予想なんだが、おまえの魔法能力からして、腰に結んだヒモはプチッとまず切れる!
そして、元の大きさでおまえは地面落ちする。
だが、カリフがそこはちゃんと考えているだろうから、カリフ好みの服をきてセーフだ。
で、おまえはカリフ好みの服なんて気持ち悪い~~!とか言って、持ってきた服に着替えて無事に家までもどれるって結末だ。」
「まぁ!なんて都合のいい創造力なの。
いいわ、もし、先生の予想が見事にはずれてたら、ペナルティを与えるわ。」
「ああ、のぞむところだな。言ってみろ。」
「私が裸で落ちてきた場合だったり、先生が結んだヒモのせいで私が怪我をしたら1週間、我が家で私の魔法の実験材になってもらうわ。
そうねぇ。魔法で先生の服を一瞬で消しちゃったりとかね。ふふふ。」
「あぁ?そんなもんでいいのか。
俺はべつに、魔法ぬきでも脱いでやってもかまわないけどな。」
「いえ、けっこうですから。
もう、いいわ。無事にお家に帰れればいいわよ。」
「遠慮しなくてもいいんだゾ。ククク・・・。
なんだったら、今ここでとりあえず上半身全部脱いでみせようか?」
「いらないったら、いらないぃぃ!」
「あはははは。ちょっと蜂をからかってみただけだって。
じゃ、そろそろそこにある滑車を使って下まですべってみるかな。
そ~れっっと。」
ロープにかかった滑車にとびついてざっと、下へすべっていく。
ディルバの胸ボタンに結んであったヒモがふわっと上昇し、蜂が飛ぶようにチェルミは上下に浮いている。
「きゃああああ!
私、空を飛んでるわ。
ああーーーーー!いやぁ~ん。ヒモが切れちゃったらどうするのよぉぉぉ!おにぃーーー!」
下まで滑車がすべっていって、さっとディルバは地面へと着地すると、垂れ下がったヒモの先でチェルミはぐったりしていた。
「ごめんな・・・ちょっと君には長い時間だったみたいだな。酔ったか?」
「うううう・・・。」
「まずいな。涼しいところで休ませてやらないと。」
小川近くの木陰になっている切り株の上にタオルを敷いて、チェルミは横たわっていた。
「ちょっと待ってろよ。冷たい水を飲ませてやるからな。」
ディルバが冷たい川の水でハンカチを濡らして絞り、チェルミの頭に乗せるとたちまち、ボワーーーン!と白い煙が立ち上った。
「うわっ、ごほっ・・・おわっ。」
「いやぁ~~~ん。こんなのだめぇ!!!」
「チェルミ・・・!あっ・・・な、なんか色っぽいな。その服。
網タイツとか兎の耳までついててさ。」
「って・・・バニーガールじゃないのぉ!やだぁ。カリフのやつ、絶対許さないぃぃ!!
先生もいつまでじっと見てるのよ。
えっち!スケベ!変態!チカン!こっち見んな、クソじじい!」
「クソじじいって・・・おい。
なんかちょっと勿体ない気もするというか、カリフはユーモアがあっていいやつだなって思えたが。
そのために着替えを持ってきたんだろうが。そこの気の陰で着替えろよ。」
「うん。」
「な、なんだ。ここでもどってよかったよな。
10m前だったら人がいたから、マズかっただろうな。
アスレチックコースにバニーガールがいるって話題になるもんな。あははは。」
「うう。・・・結局面白がってるんじゃない!」
「だけど、チェルミには礼を言うよ。
俺、こんな楽しい休暇は久しぶりだ。」
「えっ?ねえ・・・先生は生徒とどこかに行ったりしないの?
じゃなかったら彼女さんとデートとか合コンとかしないの?
カリフは、ときどき合コンやってるみたいよ。」
「へえ、カリフはまめなんだなぁ。
俺はそういうのはダメだ。
生徒とは出かけないようにしてる。
もし誰かに危険が及んだらきっと俺の能力を使ってしまうと思うんだ。
それは見られたくない。
あと、女は寄ってくるけど、しがない教師の安月給は魅力に欠けるだろう?」
「え・・・学校の先生ってカッコいいと思うけど。
月給が安ければ安いように生活すればいいだけなんじゃないの?」
「ははは、チェルミは俺がめずらしい生き物に見えるんだなぁ。
まぁ、魔法の国の王女様だったら理解できるわけないのは仕方ないけどな。」
「理解してるわ!だって、この世界のことはかなり調べて勉強したし、カリフの家は裕福じゃなくて、先生ん家より貧しいわ。見ればわかるでしょ?
だけど、私はできるかぎり自分のやれることをするわ。」
「ご立派な発言だね。
だが、君は小さい頃から最近までは家族に愛されて育ってきたお姫様。
ちょっとしたいさかいで、ここにきたかもしれないけど、20才になったらお父さんは家にまた迎えるつもりなんだと思うよ。
俺は生まれる前から親父の本宅には住まわせてもらえないことが決まってた。
母と俺は貧しい家で何とかその日食べるものをつなげるように暮らしていたんだけど、その母も体力と気力の限界がきて亡くなってしまって。
俺は施設にいれられそうになって、グレて暴れて留置場で死にたくなっていたら、お婆さまだけが迎えにきてくれたんだ。」
「ツィール夫人は何者かもわからない私にも手を差し伸べてくださる方だもん。
そんないい家族がきてくれたら、それだけでハッピーだと思うわ。私なら・・・。」