フラグ
舞「バイク買ったら後ろ乗せて!」
俺「運転馴れたらな」
舞「早よ馴れてや」
俺「ちゅうか、ほんまは免許取って1年は乗せたら違反やけどな」
舞「そうなん!?」
俺「そうやで、バレる事はあんまりないやろうけどな」
舞「ほんじゃあ、どっか連れてって」
俺「行きたいところでもあるんか?」
舞「スッゴい自然なところに行きたい、山とか川とか」
俺「あぁ、ええな」
舞「やろ?決まり!」
俺「場所は、バイク慣れるまでに探しとくわ」
舞「うん!楽しみぃ」
舞は、バイクに興味がないと思っていたので、バイクの後ろに乗せてと言うとは思ってなかったので意外だった。
残りの春休みは、バイト漬けの毎日だった。
健太も次の筆記試験では合格した。
俺たち三人は目標まで順調だった。
佐知子との問題の事も、忘れたわけではなかったが、あまり考えなくても済んだ。
春休みが終わって、またバイトと学校の毎日が始まった。
このまま行けば、6月の給料日にはバイクが買える。
何もかも順調に進んでいると思っていた。
5月のゴールデンウィークもバイトを頑張って、ゴールデンウィークが終わった頃。
学校が終わっていつものように帰ろうと校舎を出たところで、佐知子が知らない男子生徒と歩いていた。
佐知子も、一緒に歩いている男子生徒もラケットの入れ物を持っていたので、同じテニス部みたいだ。
その時は、同じ部活の生徒同士だから一緒に部活に行っただけだと思った。
俺は、立ち止まって佐知子たちを目で追っていたがバイトが遅れるので急いでバイトに向かった。
バイトに行けば、そんな事はすぐに忘れて仕事をこなした。
それから数日が過ぎた日曜日。
自転車に乗ってバイトからの帰り、この間の男と佐知子が私服で一緒に歩いているところをすれ違った。
俺は、自転車の速度を下げずにそのまま家に帰った。
日曜日に佐知子は、俺が知らない男と歩いている。
「佐知子に彼氏が出来た」
俺は、そう確信した。
佐知子とすれ違った時に、鈍器で頭を殴られたような衝撃があった。
そして、この切ない気持ちはなんだ。
俺は、田中の事が好きだったんじゃなかったのか?
それからは、毎日その事を考えていた。
自分で、田中が好きだと佐知子に言ったのに佐知子の事が気になる。
自分で自分が分からなくなった。
ついこの間までは、バイクの事で頭が一杯だったのが、今は佐知子の事が気になってしょうがなかった。
俺は、佐知子をどうしたいのか?
俺は、田中が好きなのか?
俺は、佐知子が好きなのか?
自分の気持ちが本当に分からなくなっていた。
それからは、佐知子と家が近いという事もあり家の近くや学校でよく一緒に歩いているところを見かけた。
ただ、俺の心のどこかで佐知子は付き合ってないと思っていたんだろう。
バイトが終わって家に帰る途中、花が俺に「明神に彼氏が出来たみたいやぞ」と言ってきた。
俺は「みたいやな」と言った。
「お前それでええんか?」
「ええも悪いも、しょうがないんちゃうんか」
「しょうがないちゅうたら、しょうがないけど」
「でも、自分勝手なん分かってるんやけどな、何か腹が立つねん」
「まぁ、この間の隆への態度といい、彼氏が出来た事も、明神も自分から言うたらええのにな」
「それもやけど、この間まで俺の事好きや言うといて、もう違う男と付き合ってんねんで」
「そやな」
「そんな事言うても、しゃあないんやけどな」
自分でもこの時の俺は、本当に自分勝手だと思う。
佐知子の気持ちの事なんて考えてなかった。
考えてなかったと言うより、自分の事しか考えてなかった。
そんな感情を抱きながら、毎日を過ごしていたある日。
学校の昼休みに教室で椅子にふんぞり返ってボーっと天井を見ていた。
すると誰かが俺の机に座ったのが分かって、天井から視線を前に向けた。
視線を向けた先に居たのは、あの佐知子の彼氏だった。
俺は、その男の顔を良く見てみたがあまり知らない男だった。
その男が話し出した「俺は、3年の三好って言うんやけど佐知子の幼なじみの川上ってお前か?」
俺は、突然の事に「はぁ」と言った。
「俺、佐知子と付き合ってんねやけど、佐知子がお前の話しばっかりするんや」
「はぁ」
「ほんで、俺と佐知子の関係が悪くなったらあかんし、二度と佐知子に近づかんといてくれへんか」
「あぁ、まぁええけど」
平静を保っていたが内心は、腸が煮えくり返った。
それだけを言って、三好という3年は教室を出て行った。
俺は、あまりにも腹が立って教室を飛び出して佐知子の教室に行った。
他の女子と話している佐知子を見つけて、佐知子の方に行き「佐知子!」と怒鳴った。
佐知子と話していた女子が、びっくりして佐知子から離れて行った。
「何?」
佐知子が怪訝な様子でそう言った。
「何?やあるか!三好って言うお前の彼氏が、二度とお前に近づくなて言いに来よったんや!」
佐知子は、俺があまりにも怒っている事にようやく気付いたのか、目を大きくしていた。
「あっ君が?」
「あっ君か、へっ君か何か知らんけどな!年上のくせして失礼ちゃうんか!?」
「………」
佐知子は無言でうつ向いていた。
「お前が誰と付き合おうが、知った事ちゃうけどお前らの事はお前らで何とかせんかい!」
教室にいた全員が、俺と佐知子を見ていた。
花「ちょ!待て待て!」
花が、俺と佐知子の間に入って来た。
佐知子「あっ君には、ウチから言うとく……」
俺「俺も二度とお前らに近づかんから、お前らこそ二度と俺に近づくなてお前の彼氏にも言うとけ!」
花「隆!落ち着けって!どないしたんや」
俺「花、悪かったな…」
それだけを言って俺は、佐知子の教室を出て急いで自分の教室に戻った。
自分の席に行き鞄を持って、隣の席の中田に「中田、悪いんやけど調子悪いから早退するって先生に言うといてくれへんか?」と頼んだ。
中田は「うん、分かった」と言って俺の顔を見た。
俺「ありがとう」
佐知子「隆ちゃん!」
教室に走って入って来て、佐知子は俺のところに近づいて来た。
俺は、それを無視して早足に教室を出た。
佐知子「ちょっと隆ちゃん!」
佐知子は、俺を追いかけて来た。
校舎を出たところで、佐知子は俺の腕を持って自分の方に引き寄せた。
佐知子「何でそんな怒ってんの?あっ君が失礼な事言うたのは分かるけど」
俺「ほな、この間のお前の態度は何やったんや?」
佐知子「あれは……」
俺「なぁ?」
佐知子「えっ?」
俺「俺らが子供の頃、俺が佐知子に「結婚しよ」って言うたら佐知子が「ええよ」って言うた時の事覚えてるか?」
佐知子「そんな事あった?」
佐知子は、思いだそうとしながら俺の腕を離した。
俺「覚えてないんやったらええわ、今言うたんは忘れてくれ」
そう言うと、俺は帰る方に歩き出した。
佐知子「ちょ、隆ちゃん!待って」
佐知子が呼び止めたが振り返りもせず、俺は学校の校門を出た。
佐知子「ねぇ隆ちゃんって!」
佐知子は学校の外まで来て、また俺の腕を持った。
俺「何や?もうええから」
佐知子「良くない、さっきの話しっていつくらいの話し?」
俺「幼稚園に入る前や」
佐知子「ウチら、初めて会ったの幼稚園やなかった?」
俺「だから、お前が忘れてるんやったらそれでええって」
佐知子「ちょっと待ってって!何処の公園?」
俺「俺が住んでた団地の裏、もうええやろ?」
佐知子「ちょっと待って!幼稚園入る前やったらウチ、隆ちゃんの団地の公園行った事ないで」
俺「えっ?」
佐知子「ウチは、隆ちゃんの棟の裏の公園行きだしたのって幼稚園入ってからやで、それまではウチが住んでる棟の裏にも公園あるやろ?そこでよく遊んでてん」
俺「そうか……」
佐知子「隆ちゃん……ウチな」
俺「佐知子」
佐知子の言葉を遮った。
俺「お前には彼氏が出来たんや、俺の事はええから彼氏を大事にしたれ」
佐知子「でも隆ちゃんは、ウチに…」
俺「でもちゃうんや!せっかく彼氏出来たんやろ?俺の近くにおったら彼氏かてええ気はせんやろ、それがお前が選んだ事やろ?」
佐知子「………」
俺「ほなな」
俺は家に向かって歩き出した。
もう佐知子も追いかけて来なかった。
家に帰って、バイト先に体調が悪いから休むと連絡だけ入れ、すぐに自分の部屋のベッドに横になって考えた。
あの幼い頃の記憶と、夢の女の子は誰なんだ?
佐知子だと思っていた、あの髪の長い女の子…………
いや、今はそれよりも佐知子との長年の関係が終わった事。
でもそれは、佐知子の想いに答えられなかった俺が原因だ、だが後悔はしていない。
俺は、田中が好きだった……気持ちは田中にあるのに佐知子の気持ちに答える事は、俺には出来なかった。
なら、何故こんな悲しく寂しい気持ちになるのか分からなかった。
そんな事を考えていると、知らない間に寝てしまっていた。
「大人になったら結婚しようや!」
「ええよ!大人になったらぜったいしよ!」
俺はまた、あの夢を見ていた。
一体、この女の子は誰なんだ?
ただ、そう思いながら夢を見ていた。
やはり顔には、靄がかかっていて滑り台で遊び出した頃の会話も分からない。
目が覚めると6時を回っていた。
自分の部屋を出て1階に降りると、キッチンで舞が夕食を作り始めていた。
キッチンのテーブルに腰を掛けて、夕食を作っている舞の後ろ姿を見ていた。
「お兄ちゃん今日早かってんな」
「あぁ、今日は色々あってな…早退してバイトも休んだ」
「ふーん」
佐知子のエプロンをしている舞を見て、佐知子がここで料理をしていた頃を思い出した。
俺は立ち上がり、まな板で野菜を切っている舞の後ろから、舞の左肩に俺の右手、舞の右肩に俺の左手で掴むように抱き締めた。
「コトッ」
両肩を抱き締められたまま、舞は包丁をまな板の上に置いた。
俺は、舞の耳元で「ごめんな」と言った。
舞は嫌がると思ったが、意外にも嫌がらなかったのでそう言った。
佐知子の事と、そのせいで毎日料理を作らせている事への謝罪の言葉だ。
舞は包丁を置いた手をエプロンで拭いて、抱き締めている俺の手を両手をクロスさせて優しく握った。
「……………」
「……………」
お互い無言のまま時間が経った。
「色々あったって………さっちゃんの事?」
沈黙を破って舞が言った。
「うん…もうここには来うへん……ごめん…舞」
「んーん……」
俺たちは、しばらくそうしていたが舞が「ご飯作るから」と言ったので離した。
椅子に座り、また舞の後ろ姿を見て佐知子と重ねていた。
何でこうなったんだろう?本当にそう思った。
あの中学2年生の1年間が嘘のようだと思った。
本当に楽しかった充実した毎日、イベント尽くしの夏休みに冬休み。
もうあの頃には戻れない……