約束
唐突に現実を思い出す。
心の片隅で影がちらついた。笑顔が冷たく変質していくのが分かる。
現実で必要となんかされない。
誰からも愛されない。
結局いつまでも独りきり。
彼の一番には、なれない。
カシャリと響く軽い音が不快だ。冷たい心のまま彼の髪を掴んだ。思い切り力を込める。ブチッという嫌な感触と共に髪の毛を数本手に入れる。くるくる回っていた世界が停止し、静寂が訪れた。髪の毛に願いを込めて息を吹きかける。黒い蝶に生まれ変わった彼の髪はパタパタと少し羽ばたくと塵になって消えた。それを見届け、下を見ると彼の顔がこちらを見上げていた。驚きに見開かれた目に苛立ちが積もる。

「……おいかけっこ、しようよ」

私の提案に空気が凍りつく。彼の唇は意味のある音を紡ぐことはなかった。おじいちゃんを見ると何か言いたげな顔をしていたので、釘を差す。

「写真ありがとうね」

言外に帰れと含ませたのを感じとったらしい。迷いながら彼と私を交互に見ている。すっとろい行動は嫌い。言うこと聞かない人も嫌い。だから、この行動はいただけないなぁ。

「早く戻らないと泥船が沈むよ?」

しわだらけの顔がくしゃりと歪む。

「帰った方がいい」

かすれた声で彼が促すとおじいちゃんは頷いた。小さい体がさらに縮んだようだ。すまないと呟くと不安定に揺れながら去っていった。
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