小指も抱けない彼女
願いの果てに

(一)

就寝前のキスは、恋人同士ならば当たり前のことだろう。

ベッド上で身を寄せ合い、顔を見合わせ、「おやすみ」と言いながら、自然と唇が触れ合う。

「ちょっとちょっと、寝かせないつもりかーっ」

とのごくごく自然な流れで彼女からブーイングを受けてしまったのだから、首を傾げるしかない。

「もーっ、夜鞠(やまり)くん。今日はしないってのに」

俺の唾液で濡れた唇を拭く彼女。
顔を赤らめた様がとても愛らしく、抱きしめたくなったが。

「手付きが嫌らしいっ」

ぺしっ、と払われた。

「嫌らしいって、そんなつもりはないんだけど」

「つもりなくても、こっちがムラムラするの。おやすみのちゅーはフレンチと決まっているのに、ディープディープなキスした後に抱き寄せられでもすれば、またシャワー浴びなくちゃならなくなるよ!」

それほど濃厚なキスだったかーーとは、唾液拭く彼女で聞くまでもないか。

「ごめん。聖(ひじり)を前にすると、どうも」

「欲情するほどの体?」

「そういう意味じゃなくて」

彼女の頭を撫でる。
付き合ってから一年以上経つというのに、こうして触れるだけで涙しそうになる。

「愛しているだけで、愛したくなるだけだよ」

思いが行動となった。
そばにいて、触れて、抱き合い、そのまま時を過ごしていたい。ありとあらゆる表現、行動をもってしても足りない愛情を少しでも多く彼女に感じてほしいから。

「明日は講義があるのでダメ」

お預けを食らった唇。彼女の人差し指と中指が待ったと張り付く。

「夜鞠くんは休日だろうけど、私はーー」

「成績悪くて、日曜日でも呼ばれる羽目になったんだっけ?」

「夜鞠くんの頭を少し貸してよーっ」

くしゃくしゃと俺の髪をかき回す彼女を横にさせる。

「大学行きたくないなら、辞めればいいよ」

腕枕をしたことで、落ち着いたように息を吐く彼女。俺の胸板に顔をこすりつける。

「夜鞠くんは頭いいのに、そんな安直なことを毎回言うよね」

「安直だけど、いい考えだよ。大学辞めて、俺とここに住むんだ」

「世は専業主婦が絶滅しつつある不景気だって言うのに」

「聖に不自由させないほどの稼ぎはあるよ。だから」

口を閉じたのは、前にもこの流れがあったからだ。彼女と共に、少しでも長く過ごしていたい俺はこんな提案を持ち出し、決まって彼女はこう返す。

「あなたに頼りきった人生はイヤだよ」

一人でも生きていきたいと、聞きたくはない言葉を吐く。


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