恋のためらい~S系同期に誘惑されて~
挨拶を済ませ会議室から出ようとした時、打合わせ中には殆ど聞かなかった声に呼び止められた。
「玉井さん」
声の主の石野さんは、どことなく顔が強張っているように見えた。
「この後は直帰なさるんですか?」
「へっ、ああ、まあ」
質問の意図がよく分らなくて、間の抜けた返事をしてしまう。
「あ、あの、もし良かったら、これからご飯でも食べに行きませんか?」
「え」
私は固まった。
こんなところで誘うか、石野さん。
大事な取引先の人が。
でもって、今日は巷では特別な日なんですけど。
「えっ、えっ、あのっ」
私は返事に窮した。
「すみません、石野さん。今日は同期の集まりがあって。私と玉井も、今から参加する予定なんですよ」
笹山は私が恥ずかしくなる位、柔らかい笑みを浮かべて、石野さんに微笑んだ。
「あっ、ああ、すみません、玉井さんっ!!こんな日ですもんね、予定位ありますよねっ」
……すみません、本当は何もなくって。
私は、愛想笑いを浮かべて頭を下げた。
ドアを閉める寸前、部長の「馬鹿だなぁ、石野はぁ~」と言う笑い声が聞こえた。