恋のためらい~S系同期に誘惑されて~
5.苛立つ男VS鈍い女 side笹山
「……私、行くところあるから。お疲れっ」
背後で、震えるタマの声がした。
「おいっ」
俺は電話中にも係わらず、タマの腕を掴もうとした。
が、自分のパソコン入りのビジネスバッグを放り投げる訳にも行かず、取り逃がす。
俺は溜息を吐きながら電話の会話に戻った。
「電話中すみません。……まだ急ぎの仕事があるんで」
電話の相手は中々引かない。
「分っています、ええ、そのうち帰ります。もう、切ります」
スマホを切ってコートのポケットに手を突っ込むと、先程のタマのハンカチが手に当たる。
……とうとうやっちまった。
東野物産の生真面目野郎の誘いをきっちり断れないタマに腹を立てた上に、飢えた男みたいに取引先のエレベーターで襲い掛かるなんて、確かに最低で俺らしくない。
俺らしくない。
この何ヶ月も、苛立ちを抱えたままの自分。
あの電話からだ。