恋のためらい~S系同期に誘惑されて~
私はギョッとして早紀の顔を見上げた。

早紀の赤い唇は幾分かの笑みを含んでいたが、完璧な愛想笑いであるのが分かる。

「存じております、友野社長。でも、この人に用事がありますから」

早紀が笹山の腕を捕ろうとした瞬間、その手を社長が掴んだ。

「モト、まさか早紀なのか?」

笹山が曖昧に肩を竦めると、友野社長の目つきが更に鋭さを増した。

「ちょっと来い」

「何言ってるの?私は笹山に」

「いいから来いって」

「ちょっとっっっ」

早紀の言葉を無視した社長は、彼女の腰を摑まえると引きずるようにして、ビルの中へ消えていった。


「ちょっとした見世物だな」

笹山はそう呟くと、私の方を見た。

私は目の前の出来事が把握出来ず、ただ立ち竦むのみだったけれど。

「今のは……」

「人の話しに首を突っ込む余裕なんてねぇだろ」

笹山の人差し指が、ビシッと私の目の前を指す。

その指の近さに私の体が震えると、笹山の手の甲が一瞬だけ頬をかすめた。

「……泣いたの、俺の所為か?」

笹山の言葉に、先程まで酷かった自分の顔を思い出す。

「自惚れないで。早紀と話しをしただけで、笹山なんて関係無い」

顔が隠れるように下を向き、咄嗟に口を吐いたのは、こんな可愛いくない言葉だけだった。
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