青の衝動
工場から奥の部屋に移動するだけなのに、会話の無い事にもどかしさを感じた。
何か聞こうかと思ったとき、静かな空気は相手によって壊された。



「私の気のせいじゃなければ、私は君とどこかで会っただろうか?」


豆鉄砲を面食らった気分だった。僕と同じ事を思っているなんて思ってもなかった。思わず後ろを振り返えって老紳士を見た。


やっぱり、どこかで会っていたのかもしれないと記憶の糸を手探りで手繰り寄せる。

だが、この人との記憶らしいものは何一つ浮かばない。
紛れもなく僕とこの人は初対面で、全くの赤の他人だった。


だけど何かが、頭の中で響く…乾いた音だカラカラカラカラと何か…まわる…赤い、カラカラカラカラまわる…赤い…体が重い。声がする。





(『―――?』)
(「わからない。」)
(『―――、――。』)




「姫宮、うちの弟子に手を出したら怒りますよ。」


親方の声がして、ハッと現実に戻された。気づくと冷や汗が背中を湿らしている。


(何だ今の…)


「まったく、変わらないな上総。それに私の好みは女性だよ」


頭上で不吉な話題が飛び交う中、僕は親方の顔を見ていた。



(すごく嫌そう)



「あの、お茶かコーヒー煎れてきます。」



僕はそういって離れた。
少しだけ逃げたかった。
酷く懐かしくて悲しくて暖かい記憶で…落ち着かないと泣いてしまいそうだった。


何故かはわからなかった。
< 11 / 12 >

この作品をシェア

pagetop