四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
駅前の喫茶店は私の馴染みの店だ。

秋と一緒だったとき、よく二人で訪れた。

思えば私は気もそぞろで、紅茶の味もケーキの味もよく覚えていない。


ドアを開けると、ベルの音が鳴る。

奥の席で振り返ったのは、篠原さんだった。


「来てくれたのね。」

「……。」


篠原さんはほっとしたような顔で、私に座るように勧めた。


「よく言わないでいてくれたじゃない。」

「あなたのためじゃない。」

「そんなのいいの。これからも黙っていてほしい。だから、交換条件を渡しにここへ呼んだの。」

「なによ、交換条件って……。」

「これ、あなたにあげるわ。」


篠原さんが私の手のひらに載せたのは、一つの鍵だった。


「これは?」

「合鍵よ。……夏目先生の部屋の。」

「え?」

「あなたはライバルだから。私だけ持っているのはフェアじゃないでしょ。」

「嘘よ。」

「違うわ。誓う。これは紛れもなくあの人の家の鍵よ。」

「でも、どうして、」

「言ったでしょ。交換条件。あなたは遅れを取り返すチャンスを得たの。」

「別にそんなこと、」

「興味がないって言いたいの?それなら夏目先生には今後一切近づかないで。それでもいいの?」


篠原さんと数秒間にらみ合った。

負けたのは私だ。


私は無言で鍵を握りしめると、席を立った。

まだ何も注文していなかったので、そのまま店を出る。

夏目に寄り添うことはしないと決めたのに、近づかないと誓うことはできなかった。
夏目はいつでも私の心の拠り所だから。


篠原さんに負けた気がした。

でもそれは、恋愛で、という意味で。

愛する気持ちで負けたなんて微塵も思わない。


私は歩くスピードを緩めると、手のひらの鍵をもう一度見つめた。


夏目の心の鍵穴はこれには合っていない、そんな気がした。
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