四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
ドアを開けると、今電話を切ったばかりの人が入ってきた。
「お父さん……。」
「詩織、お前は正式に俺が引き取った。これからは、小倉姓ではなく、早瀬と名乗りなさい。お前は、早瀬詩織だ。」
「……嫌だ。」
「何だと?」
「嫌だよ。私はずっと小倉だったんだもん。小倉詩織だったんだもん!小倉はお母さんの苗字だよ。私の大好きだった、お母さんの
苗字だよっ!」
「お前は生まれた時は、早瀬詩織だったんだ。早瀬がお前の本当の名前だ。」
「ばか。私とお母さんを捨てたくせに!お父さんのばかっ!」
叫ぶと私は二階の部屋へ向かった。
自分の気持ちを整理したかった。
早瀬と一緒に暮らしているということは、私は早瀬姓を名乗るべきなのだろう。
それは分かる。
小倉は母の旧姓で、離婚してから変えた苗字だ。
それも分かる。
でも、でも……早瀬と名乗ることに、私は少なからず抵抗を覚えていた。
ふと、夏目との思い出が取り留めもなく心に流れ込んできた。
最初に会った日。
『きみは……。』
『二年一組の小倉詩織です。』
『一組?それ、俺の受け持ちのクラスじゃないか。』
『小倉、泣いてるのか。』
『いいえ、鼻声なだけです。』
『小倉、ほらその紙持って、いくぞ。』
『え?』
『早くしないと捕まる。』
『小倉、ちょっと目をつぶって。』
『なに?先生あやしい。』
『いいから。』
『先生んちマンション?』
『ああ。』
『じゃあ、私が飼ってあげるよ。オス?メス?』
『オスだ。』
『なんだ、卵産んでくれないじゃん。でもいい。飼ってあげる。』
『そうか。ずっと気にしてたんだ。小倉呼んで、よかった。』
『小倉さ、……俺のどこが良くてそんな……。』
『何?』
『いや、やっぱりいい。』
『小倉……。いつからいたんだ?』
『分からない。でも、ずっと前から。』
『もう来るなと言っただろう。』
『……だって。』
『そうだよ。一生懸命育てたんだから。この子、先生のヒヨコだったんだからね。』
『ありがとな、小倉。』
『小倉、なんだ、お前嫉妬してるのか?』
『うぬぼれてる。』
小倉、小倉、小倉、―――――
夏目は出会った日からずっと私のことを小倉、と呼んでくれた。
夏目が発する、優しい響きの「こくら」が、本当に好きだった。
なのに、名字が早瀬になったら、先生もまたそう呼ぶんだろう。
なんだか、「小倉」が忘れられて「早瀬」になっていくなんて、小倉詩織が消えていくような気がして悲しかった。
早瀬詩織は私じゃない。
そう思った。
「お父さん……。」
「詩織、お前は正式に俺が引き取った。これからは、小倉姓ではなく、早瀬と名乗りなさい。お前は、早瀬詩織だ。」
「……嫌だ。」
「何だと?」
「嫌だよ。私はずっと小倉だったんだもん。小倉詩織だったんだもん!小倉はお母さんの苗字だよ。私の大好きだった、お母さんの
苗字だよっ!」
「お前は生まれた時は、早瀬詩織だったんだ。早瀬がお前の本当の名前だ。」
「ばか。私とお母さんを捨てたくせに!お父さんのばかっ!」
叫ぶと私は二階の部屋へ向かった。
自分の気持ちを整理したかった。
早瀬と一緒に暮らしているということは、私は早瀬姓を名乗るべきなのだろう。
それは分かる。
小倉は母の旧姓で、離婚してから変えた苗字だ。
それも分かる。
でも、でも……早瀬と名乗ることに、私は少なからず抵抗を覚えていた。
ふと、夏目との思い出が取り留めもなく心に流れ込んできた。
最初に会った日。
『きみは……。』
『二年一組の小倉詩織です。』
『一組?それ、俺の受け持ちのクラスじゃないか。』
『小倉、泣いてるのか。』
『いいえ、鼻声なだけです。』
『小倉、ほらその紙持って、いくぞ。』
『え?』
『早くしないと捕まる。』
『小倉、ちょっと目をつぶって。』
『なに?先生あやしい。』
『いいから。』
『先生んちマンション?』
『ああ。』
『じゃあ、私が飼ってあげるよ。オス?メス?』
『オスだ。』
『なんだ、卵産んでくれないじゃん。でもいい。飼ってあげる。』
『そうか。ずっと気にしてたんだ。小倉呼んで、よかった。』
『小倉さ、……俺のどこが良くてそんな……。』
『何?』
『いや、やっぱりいい。』
『小倉……。いつからいたんだ?』
『分からない。でも、ずっと前から。』
『もう来るなと言っただろう。』
『……だって。』
『そうだよ。一生懸命育てたんだから。この子、先生のヒヨコだったんだからね。』
『ありがとな、小倉。』
『小倉、なんだ、お前嫉妬してるのか?』
『うぬぼれてる。』
小倉、小倉、小倉、―――――
夏目は出会った日からずっと私のことを小倉、と呼んでくれた。
夏目が発する、優しい響きの「こくら」が、本当に好きだった。
なのに、名字が早瀬になったら、先生もまたそう呼ぶんだろう。
なんだか、「小倉」が忘れられて「早瀬」になっていくなんて、小倉詩織が消えていくような気がして悲しかった。
早瀬詩織は私じゃない。
そう思った。