四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
一日目はクラスごとにバスで水族館へ行く。
二日目はタクシーで自由行動。
三日目はまたクラスごとに、戦争の爪痕を見学して回る。


結局どこへ行っても、ひとり。


一人が嫌いなわけではない。
でも、こういう時一人なのは、やっぱり悲しい。


早く帰りたいと思った。


水族館に着くと、智は一度だけ私の方を振り返った。
でも、すぐに仲間の元に走っていって混じる。


私は諦めて、一人で水族館の中に入った。


しばらく歩いて、一番大きな水槽の前で足が止まった。
そこにいるのは、その水族館で有名なジンベイザメだ。

想像していなかった大きさに圧倒されて、私はずっとそのサメを見ていた。

そしてふと思った。


――魚って涙を流すのかな。


例え泣いても、涙は海の水に紛れて、すぐに分からなくなる。

何にも意味は無くて。

でも、真夜中の真っ暗な海で、魚が涙を流しているところがなぜか想像できた。

だれにも知られずに、ひっそりと。


気付けば、随分長い間その水槽の前にいた。

おかげで周りにはもう同じ制服の人はいない。

私は、お土産コーナーなんかより、このジンベイザメをずっと見ていたいと心から思った。


「小倉。」


その時、急に声をかけられて私は驚いた。


「先生。」

「小川は?なんでお前、一人なんだ。」

「……。」

「なんかあった、か。」

「けんかしちゃって。」

「そう。……お前、ずっとこれ見てたの?」

「うん。」


そしてまた、しばらく夏目とともに、ジンベイザメを見つめた。


「ねえ、先生?」

「うん。」

「魚って、涙を流すのかな……。」


夏目は寂しげな顔で振り返って、軽く笑った。


「いや、魚は泣かないよ。そもそも瞼が無い。」

「そっか。」


泣かない、か。
そうだよね。
夏目の言葉に素直に納得する。


目の前を何十回目かのジンベイザメが、のっそり通り過ぎていく。


久しぶりに夏目と話せた。

でもどこか悲しい。


夏目は時計を見た。


「もうすぐ集合時間だ。ちょっと用事があるから、俺、先に行くな。」

「うん。」


夏目の背中の向こうに水槽があって、そこにはエイが泳いでいる。


夏目が手の届かないところに行こうとしている気がして、私は怖くなった。
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