四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~

君と逃げて

夏目とタクシーの後ろの席に並んで座った。


「行ってください。」


夏目が言うと、タクシーは音もなく滑り出した。

どことなく思いつめたようなその声が、タクシーの中を重い空気にする。

私はなんとなく夏目と目を合わせられなくて、うつむいていた。


腕が触れ合うくらい近くに夏目がいる。

ずっと近づきたくて、でもいろんなものに阻まれて、手が届かなかった人が。

私のすぐ横にいる。


それなのに、それなのに。


どうしてこんなふうに振舞ってしまうんだろう。


ふと夏目を見ると、彼はずっと窓の外を見ていた。

どこを見ているというのではなく、ただ心を失ったように、窓の外を見ていた。


その姿を見て、胸が痛くなった。


私のせいで、私が隠しておかなかったせいで、夏目と篠原さんは終わってしまうかもしれないんだ。
私を階段から突き落とすくらい、どんな手段を使っても、夏目に自分のほうを向いていてほしかった篠原さん。
私にもその気持ちは分かる。

だってさっき、私は同じように篠原さんを裏切ったのだから。


「詩織。」


突然、夏目は視線は窓の外へ遣ったまま、私の名を呼んだ。


「なに?」


私は夏目の横顔をじっと見つめた。

振り返るような気がしないその人が、一体何を言うつもりか、怖かった。


右手に温かいものが触れる。

そして、ぎゅっと握られた。


そして、


私も遠慮がちに握り返した。
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