四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
行先知らずのタクシーが止まって、とりあえず降りることにした。

夏目と一緒になだらかな斜面を下っていく。

さっき握られた手は、そのままだった。


坂を下りると、そこは海岸だった。

誰もいない。

きっと観光客なんて誰も知らない、名もなきビーチなんだろう。
二人分のビーチが、無言の私たちをひっそりと迎えていた。


「綺麗だね。」

「ああ。」


どこまでも晴れた青い空に反射されて、海は透き通る水色。

あまりの美しさに、私の頬は自然とほころんだ。


「先生、忘れようよ。」

「え?」

「全部忘れちゃおう!全部。何もかも!」


波の音にかき消されそうで、私は声を張り上げた。

夏目は少しの間、無言で海を見つめていた。

でも突然、私に向き直って言う。


「そうだな!忘れようか。詩織、お前も忘れていいんだぞ。今日だけは何もかも。」

「うんっ!」


やっと夏目が笑ってくれたことが嬉しくて、私も笑顔になった。


「先生!今度、先生の家に呼んでね!」

「俺の家?」

「呼んでよ!いつだって追い返されて悲しかったんだから!」

「無理だ!」


私はローファーを脱いだ。

靴下も脱いで、海に入る。

そして、手の平で水をすくって夏目に向かって飛ばした。


「先生のばか。ばかばかばかばか、ばーか!」

「なに?……ば、ばかっ!やめろ!……やめないか!」

「いいって言うまでやめない!呼ぶ?呼ぶか!」

「やめろって!‥…ったく、しょうがない子だな。」

「ほんとだなっ?」

「ほんと。そのうちな。」

「やった!」


なんだかんだで二人ともびしょ濡れになって、でも沖縄の暖かい日差しがそんな二人を温かく包んでくれた。


不思議といつもの警報音が鳴らない。


全部忘れていいと、夏目に言われたからかもしれないと思った。
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