四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
「付き合っている人がいるだろう?」

「え?」


夏目が何を言っているか一瞬分からなかった。

そして、しばらくして秋のことだと気付く。


「いないよ。」


夏目は信じられない、と言った顔で私を見つめる。

確かにあの場面を見られていたら、疑うのは当たり前だろう。

だから夏目が信じてくれなくても仕方がないと思った。


「先生がそう思ったのは、図書館で私たちのこと見たからでしょ。」

「……そう。知ってたのか。」

「あの人ね、婚約者だったの。」

「え……?」

「私の婚約者だったの。」


夏目が固まる。

それはそうだろう。
家父長制の時代じゃないんだから、そんなこと。

でも、しばらくして、夏目はため息とともにうなずいた。


「君の父親を悪く言うつもりはないけど……、正直そこまでやるとは思わなかった。」

「信じてくれるの?」

「当たり前だろ。詩織は、嘘なんてつけない。」


静かに言ったその言葉が、とても嬉しかった。


「俺はね、詩織みたいに正直でも、純粋でもない。君に好かれるほどの、価値のあるやつじゃないよ。」

「どうしてそんなこと、」

「本当だ。」


夏目は寂しそうに言った。


「いいもん。」

「え?」

「それでもいい。私は先生が好きなの。どんな先生も全部好き。何があっても嫌いになんてならない。」

「そんなこと、」

「嘘じゃないよ。ほら、だって、先生さっき言ったじゃん。」

「え?」

「詩織は嘘なんてつけないって。」


にっこり笑ってみせると、夏目もつられて笑った。


優しい時間が戻ってきたような錯覚に陥る。


そしてそれは、私をどこまでも昔の記憶へと連れて行くのだ―――
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