四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
「詩織?」


気付くと夏目が私の顔を覗き込んでいた。


「うん。」

「なんでお前、」


夏目が悔しそうに顔をゆがめる。


「え?」

「なんでお前、黙ってたんだ。」

「……。」

「お前が、詩織が入院した時、俺……。」


夏目の声が掠れた。

私は驚いて彼を見つめる。


「俺、階段から落ちたんだろって、そう言った。お前は、何も言わなかったじゃないか。篠原さんに突き落とされたんだって、言わなかったじゃないか。」

「うん。そうだったね。」

「それに、鍵が見つかった時だって、」

「もういいよ。」

「え?」

「もういい。そんなこといいの。忘れるって、先生そう言ったでしょ。」

「でも、」

「お願い。今だけは、何も言わないで。」

「分かった。」


思わずこぼれそうになった涙を押し殺して、そっと微笑む。

夏目もおんなじ表情で、笑ってみせた。


「ずっとここにいようよ。」

「観光地に行かなくていいの?」

「先生と二人なら、それでいいの。」

「そうだね。」


思ったより時間は早く流れて、もうお昼をとうに過ぎていた。

でも夏目と、二人寄り添って、ずっと他愛のない話をした。

それだけで、今までの悲しみも忘れられるくらい、私は幸せだった。


夏目の気持ちは分からなくても、それでも、幸せだった。
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