四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
とても長い時間が過ぎて、気付いたら辺りはほんのりと薄暗くなっていた。


「詩織、帰らないとまずい。今帰ればぎりぎり間に合う。」

「帰りたくない。」

「え?」

「私、帰らない。」

「まずいよ……。とりあえず、暗くなる前にここから下ろう。な?」


言われて仕方なく坂を下る。

私は何かに憑りつかれたみたいに、必死になって帰らなくて良くなる理由を探していた。


「あれ?」


夏目の間の抜けた声に、その視線の先をたどる。

そこには、待っているはずのタクシーが無かった。

辺りはもうかなり暗くなっている。

焦って携帯電話を出した夏目が、何故だか一瞬、憎らしくなった。


「先生、そのケータイ貸して?」

「どうして?今電話を掛けるんだ。」

「ううん、その前にちょっと貸して。なんかね、私が前に持ってたやつに似てるんだ。」

「ええ?これ、随分昔から使ってるやつだけど……。」


そう言いながら不思議そうに、夏目は私に携帯電話を手渡す。


「ふうん。私のはね、」


私はカバンから自分の携帯電話を取り出した。


「おい、それより早く連絡、」


ちょうどその時、軽トラックがわき道をすり抜けて行った。

私はその荷台に向かって、二台の携帯電話を力いっぱい投げた。


「おいっ!何をするんだ!!詩織っ!」


夏目が必死の形相で私の両腕をつかんだ。


「お前は何て事を!!」

「だって。」

「だってなんだ?」

「だって、先生は、人の目ばっかり気にしてるんだもん。時間通りに帰ることばっかり!」


自分がめちゃくちゃなことを言っているのは分かっている。

でも、どうしても夏目と一緒にいたかった。

この魔法が、解けてほしくなかったんだ。


「困るだろ、こんなことして!」

「そうだよね。先生の好きなのは篠原さんだもん。何があっても、篠原さんなんでしょ!だから、嫌なんでしょ!」

「違う!」

「違うって何よ!」

「俺は!」


長い時間、夏目はそのまま黙っていた。

辺りはもう、真っ暗で、夏目の表情さえよく見えない。

そして、ささやくような声で夏目は言った。


「行こう。」


差し出された右手につかまって、私は夏目の歩みだした方向へ向かった。


宿舎へ帰るつもりではないことは明らかだった。
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