四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
夏目とたどり着いたのは古びた旅館だった。

私たちの他に、お客さんは一人もいないように、ひっそりしていた。


「お部屋はどうされますか?」

「二つ。二つお願いします。」

「かしこまりました。ではこちらへ。」


夏目と私は別々の部屋に案内される。

夏目の部屋の向かいが、私の部屋だった。


「では、ごゆっくり。」


ごゆっくりとするような雰囲気でないことは、女中さんもうすうす気づいているはずだ。

でも、何も疑わずに、そっとふすまを閉じてくれた。


しばらく一人で、静寂の中じっと考え込んでいた。


どう考えても、夏目に悪いことをしてしまったと思う。

こんなことが明らかになったら、何もなくても問題になってしまう。

夏目は仕事を辞めさせられるかもしれないのだ。


「ごめんなさい。」


小さな声でつぶやいた。
別に夏目に聞こえるように言ったわけではない。
ただ、胸を押しつぶしそうになっているその思いを、口にしてみただけだった。


その時、急にふすまが10㎝ほど開いた。


「謝らなくていい。」

「先生……。」

「俺が悪いんだ。責任はすべて俺にある。」

「でも、」

「それに、俺はこの一年だけ教師をして、次の年にはもう研究者に戻るんだ。たとえくびになったとしても、問題ないから心配するな。」

「だからって、嫌な思いするの、先生なのに。」

「大丈夫だよ。……じゃあ、早く寝るんだぞ。俺は、電話を借りて、事情を説明してから寝る。お前、具合が悪かったことになってくれるか?」

「うん、いいよ。」


いたずらっぽく言う夏目につられて、私も少しだけ笑った。


なんだか、大きなはずの問題が、急に小さくなったような気がした。
< 144 / 182 >

この作品をシェア

pagetop