四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
きっかけは私の一言だった。


「私ね、いつもお母さんに似てないって言われるの。」

「そんなことないわよ。お母さんの子だもの。」

「ふうん、それなら、」


お父さんには似てないんだね。


そう言おうとして、口をつぐんだ。
何故だかその日は、素直に言えなかった。


思えばそれまで母は、父のことなんて一言も話してくれなかった。

そして私も、一度も尋ねたことはなかった。

それが当たり前だと思っていた子どもの私から、知りたいと、そう思うまでに成長したのはいつからだったろう。


「お父さんに似てるんじゃないの?、私。」

「え?」


母は、突然私が父親のことに触れたのに驚いたらしく、目を見開いた。


「だってそうでしょう?お母さんに似てないなら、お父さんに似てるんでしょ?」


その時の母の表情が忘れられない。

悲しそうな、それでいてはっとするほど怒りのこもった顔。


「あんな人に、あんな人にあなたが似ているわけないでしょう!!」


私は母が、そんなふうに声を荒げたところを初めて見た。

いつも穏やかで、にこにこ笑っていて、小言を言ったりしないおおらかな母の姿は、そこにはなかった。

だから、そこでやめればよかった。

それなのに、私は余計なことを言って、さらに母を怒らせてしまった。


「あんな人?……お母さんにとってはそうかもね。でも、私にとっては血のつながったお父さんなんだよ?お母さんは、一度もお父さんのことを話してくれたことないじゃない!」

「甘ったれるんじゃない!お母さんはね、いままで苦労して、苦労して、あなたをここまで育てたんじゃないの!それなのに、あなたという人は!お父さんのことを知りたい?いい加減にしなさい!」


私は、どうして母にそこまで怒られなくてはならないのか、まったく理解できずにいた。

実の父親について知りたいと思うことが、そんなにいけないことなのか。


自分のDNAの半分を構成している、父親に会いたいと思うことが・・・。


「どうして?どうして、教えてくれないの?お母さんは勝手だよ。私が実のお父さんに会いたいと思って、何が悪いの?」

「詩織!お母さ、」

「明日。明日会いに行くから。勝手に会いに行くんだから!」

「ああそう……。勝手にしなさい!!」


あの一連の会話が、母の運命、そして私の運命をも変えることになったのだ。


もしも、私があんなこと言わなければ……。


もしも――
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