四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
母からのメール。
私は開いてその文面を確かめることもなく、破棄した。
今思えば、どうして母に対して、そこまで冷徹な仕打ちができたのか、全く分からない。
私は、雨脚が弱まるのを待ちながら、学校を出てすぐの道沿いの軒下で、雨宿りをしていた。
思えばあれは、「遣らずの雨」だったのかもしれない。
私があの人に、会いに行かないように。
その時、忘れもしない。
ケータイの着信音が鳴った。
母からだ。
無視しようと思った。
でも、メールと違って電話は、どうしても無視できなかったんだ―――
「詩織、今どこにいるの?」
「……関係ないでしょ。」
「どこにいるの?」
携帯電話の向こうから、同じように雨の音が聞こえた。
外にいるのだろうか、私は不思議に思った。
「どこにいるか教えなさい!」
「……来なくていいから。」
「とりあえず、高校に向かうから。」
面倒なことになった……。
正直私はそんなことを思った。
その時だ。
視界の端に、遠くから傘もささずに必死に走る母の姿が見えてきたのは。
どうして車に乗っていないのか分からない。
でもその姿はあまりにも必死で、私は思わずケータイを握りしめた。
「ちょっと、何やってんのよ。ばかじゃないの?」
ケータイに向かって大声を上げる。
「そこにいるのね、詩織。……お母さんのこと、……見えるのね!」
「やめて!私は行くんだから。お母さんに何を言われたって行くんだから!」
「詩織、」
「来ないでよ。来たら、行くなって言うんだったら、私もう帰らないからね!もう二度と、帰ってこないからねっ!」
ケータイに向かって叫んだ。
きっと母には耳をつんざくような私の声が聞こえていることだろう。
そうしているうちにも、母はどんどん近付いてくる。
見れば、横断歩道を渡りはじめるところだった。
信号は赤。
それなのに。それなのに。
母は渡りはじめた。
私が直前に発した言葉。
もう帰ってこないという言葉。
それが、母をそうさせた。
半ば心を失ったように、母は道路を渡りはじめた。
「お母さん、何してるの!赤信号だよっ!!」
「詩織、詩織、帰ってくるのよ。行ってもいいから、帰ってきて。お願い。しお、」
それが母の最期の言葉だった。
私の手からケータイが滑り落ちていく。
地面に当たった時の音は、意外なほど乾いていた。
一泊遅れて、私が叫ぶ。
どしゃ降りの雨音をかき消す、叫び声。
私はそれが、自分の声だと気付くまでに数秒かかった。
横断歩道は目の前だった。
車が何台も止まって、早くも交通渋滞が起きている。
「救急車!早く!」
誰かが叫んだ。
でも、私はケータイを拾い上げようとしなかった。
だって……。
誰の目にも明らかだった。
その雨に濡れたまっしろな手を見れば。
それは、生きている、血の通っている人の手ではなかったから――
私は開いてその文面を確かめることもなく、破棄した。
今思えば、どうして母に対して、そこまで冷徹な仕打ちができたのか、全く分からない。
私は、雨脚が弱まるのを待ちながら、学校を出てすぐの道沿いの軒下で、雨宿りをしていた。
思えばあれは、「遣らずの雨」だったのかもしれない。
私があの人に、会いに行かないように。
その時、忘れもしない。
ケータイの着信音が鳴った。
母からだ。
無視しようと思った。
でも、メールと違って電話は、どうしても無視できなかったんだ―――
「詩織、今どこにいるの?」
「……関係ないでしょ。」
「どこにいるの?」
携帯電話の向こうから、同じように雨の音が聞こえた。
外にいるのだろうか、私は不思議に思った。
「どこにいるか教えなさい!」
「……来なくていいから。」
「とりあえず、高校に向かうから。」
面倒なことになった……。
正直私はそんなことを思った。
その時だ。
視界の端に、遠くから傘もささずに必死に走る母の姿が見えてきたのは。
どうして車に乗っていないのか分からない。
でもその姿はあまりにも必死で、私は思わずケータイを握りしめた。
「ちょっと、何やってんのよ。ばかじゃないの?」
ケータイに向かって大声を上げる。
「そこにいるのね、詩織。……お母さんのこと、……見えるのね!」
「やめて!私は行くんだから。お母さんに何を言われたって行くんだから!」
「詩織、」
「来ないでよ。来たら、行くなって言うんだったら、私もう帰らないからね!もう二度と、帰ってこないからねっ!」
ケータイに向かって叫んだ。
きっと母には耳をつんざくような私の声が聞こえていることだろう。
そうしているうちにも、母はどんどん近付いてくる。
見れば、横断歩道を渡りはじめるところだった。
信号は赤。
それなのに。それなのに。
母は渡りはじめた。
私が直前に発した言葉。
もう帰ってこないという言葉。
それが、母をそうさせた。
半ば心を失ったように、母は道路を渡りはじめた。
「お母さん、何してるの!赤信号だよっ!!」
「詩織、詩織、帰ってくるのよ。行ってもいいから、帰ってきて。お願い。しお、」
それが母の最期の言葉だった。
私の手からケータイが滑り落ちていく。
地面に当たった時の音は、意外なほど乾いていた。
一泊遅れて、私が叫ぶ。
どしゃ降りの雨音をかき消す、叫び声。
私はそれが、自分の声だと気付くまでに数秒かかった。
横断歩道は目の前だった。
車が何台も止まって、早くも交通渋滞が起きている。
「救急車!早く!」
誰かが叫んだ。
でも、私はケータイを拾い上げようとしなかった。
だって……。
誰の目にも明らかだった。
その雨に濡れたまっしろな手を見れば。
それは、生きている、血の通っている人の手ではなかったから――