四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~

幸せな時

次の朝早く、夏目と二人で宿舎に戻った。


「タクシーを呼ぶとか、何かしら手段があったでしょう!」


学年主任に怒鳴られて、夏目はひとしきり謝っていた。

ごめんなさい、と私も心の中で、夏目に向けてつぶやく。

やはりこういう時に責任をとるのは、私ではなく夏目なのだ。


やっと解放された二人はまだ誰も起床していない廊下を、忍び足で歩いた。


「ごめんね、先生。」


そうささやくと、夏目は微笑んで言った。


「何だよ。共犯、だろ?」


その言葉に思わず吹き出す。



奥にある広間で、バルコニーに出ると、朝の光がきらきらと舞い降りてきた。

遠くから海の香りがする。

隣で夏目が大きな欠伸をした。


「ふぁ~」


私もその声を真似る。真似したら本当に眠くなってきて、欠伸が移ってしまった。


「眠い。」

「俺も。」


顔を見合わせて笑う。


「でも眠いなんてそぶりを見せたら負けだからね!先生!」

「当たり前だ。詩織もな。」


そう言いながらまたもや、二人同時に欠伸をした。


テラスにあった椅子に座る。小さなテーブルを挟んで、夏目と向き合った。


「ちょっとだけ……。」


そう言って机に突っ伏すと、夏目も同じことをした。

腕が触れ合って、焦って顔を上げると、驚くほど近くに夏目の顔がある。

目が合って、微笑みあう。


「夏目先生!」


声が聞こえて、私たちははっと身を起こした。


「小倉も一緒か。まあいい。今日の日程について確認だが、……」


学年主任が夏目に一生懸命説明している。

夏目もうなずきながら話を聴いている。


でも、テーブルの下では夏目と私の小指がつながれていたのだった。


誰にも言わない約束。


このときめきを、私は一生忘れることはないだろう。


そう、一生―――
< 155 / 182 >

この作品をシェア

pagetop