四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
「はい。」


冬樹がドアを開けるガチャリという音が聞こえる。


「こんにちは。御嬢さんの担任の、夏目と申しますが、お父様はいらっしゃいますでしょうか。」


はっと息をのむと、父が隣で身を強張らせるのを感じた。


「追い返せ。」


父が低い声で、一階にいる冬樹に忠告する。


「早く追い返せ。」


その時、冬樹が信じられないことを言った。


「早瀬さんなら二階にいます。詩織ちゃんも一緒です。……さあ。」

「あいつっ!」


父が歯ぎしりをする。


同時に、階段を一歩一歩ゆっくりと登ってくる足音。

父はだんだん、追い詰められたような表情になっていく。


階段を上りきった夏目は、なぜだろう、とても落ち着いて見えた。

それと対照的に、父の目は泳いでいる。


「お父さん、お話があるのですが。」

「帰れ!早く帰れ!」

「彼女を、詩織を連れて行きます。」


――え。


きっぱりと言い切った夏目に、私は一瞬戸惑った。

連れて行くって、どこに?


「お前に何の権限があってそんなこと!俺は詩織の父親だぞ?お前はなんだ。言ってみろ!」

「私は詩織の担任です。それから、……私は彼女を愛しています。」

「ふざけるな!」


父が夏目の頬を殴る。

何度も何度も繰り返し殴る。

でも、夏目は殴られるままになっていた。


絶対に、殴り返そうとはしなかった。


私は夏目の覚悟を知った。

そして、夏目の気持ちが本物であることを。


「やめて!お父さん、やめて!」


夏目が殴られている姿を見ているのが苦しくて、私は思わず夏目と父の間に割って入った。


「どけ!」


父が怒鳴って、私を突き飛ばす。

もう少しで階段から落ちそうになるところを、何とかこらえて再び間に入る。

夏目だけ戦うなんて卑怯だ。

私も、一緒に戦うんだ。


「お父さん!やめてったら!」


今度は父が私に向かって振りかざした手をつかんで、体ごとぶつかっていった。

すると、父の体が重心を崩してぐらりと揺れる。


そして、そして。


それは一瞬の出来事だった。


背後に階段があることに気付かずに、一歩後ろに足を出した父は、そのまま階段を転げ落ちたのだ。


ドドドド、と派手な音を立てて父が階段を落ちていく。


まるでスローモーションのように見えた。


「お、お父さん、」


夏目が慌てて駆け寄る。


「早瀬さん!早瀬さん!」


父は返事をしない。

夏目が肩を揺する。


「早瀬さん!」


顔がすっと青ざめていくのが、自分でも分かった。
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