四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
夏目が振り返る。


「とりあえず、ここを出よう。」


淡々とした口調で、私の手を引く。

私はそっとうなずいて、階段を下りた。


冬樹はいつのまにか見当たらなくなっている。

私は、まとめた荷物を手に、早瀬家を後にした。


12月。

外は雪が降っていた。


久しぶりに見た家の外の風景。

久しぶりに歩いた土の感触。

でも、嬉しくなかった。


私は父親を憎んでいた。

本当に、殺したいくらい憎んでいた。


それなら、晴れ晴れとした気持ちになってもいいはずなのに。


夏目はずっと無言で、私の二歩先を早足で歩いていた。

握られた右手だけが、二人をつないでいた。

夏目の頭に雪がかかっている。

私の手もだんだん冷えてきた。


途中で夏目は手を挙げてタクシーを拾った。

夏目の家のある住所を告げる。

私は修学旅行の時に、波打ち際で交わした約束を思い出した。




『先生!今度また先生の家に呼んでね!』

『俺の家?』




『先生のばか。ばかばかばかばか、ばーか!』

『なに?……ば、ばかっ!やめろ!……やめないか!』

『いいって言うまでやめない!呼ぶ?呼ぶか!』

『やめろって!……仕方ない子だな。』

『ほんと?』

『ほんと。そのうちな。』




その約束が今、果たされようとしているのに、何も嬉しくない。

家を出てからずっと無言の夏目と、どこへ行くのかさえも分からずに。


そして、タクシーがすっと止まった。


見上げると、あの懐かしいマンションが見えた。
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