四月の魔女へ ~先生と恋に落ちたら~
ハッピーエンドはあっさりと
病院に着いて、病室を確認する。
早瀬卓也
そのプレートのついた部屋の前で、私はしばし立ち尽くしていた。
私が入ったら、父がどんな顔をするのか不安だった。
帰れと言われたら、帰るつもりでいた。
でも、どうしても一つだけ、伝えたいことがあったんだ。
意を決してノックすると、はい、とはっきりした声が聞こえた。
「失礼します。」
ドアを開けると、そこにはギプスで固められた片足を吊られた、父がいた。
「詩織。」
「お父さん……、ごめんね。」
気付くと涙が止まらなくなっていた。
自分でも自分の気持ちがよく分からない。
今まであんなに苦しめられて、殴られて……でもその父親のためにどうしてこんなに泣きたくなるのか分からなかった。
「詩織。もうここへは来てくれないかと思ったよ。」
父は思いのほか静かな声で言った。
そして、にっこりとほほ笑む。
作り笑いじゃない微笑は、父に似つかわしくなかった。
「おいで、こっちに。」
おそるおそる近づくと、父は私の頭にそっと片手を乗せた。
「今まで、すまなかったね。」
「え?」
父は、まるで別人のような顔をしていた。
それ以上何も言わない父。
何かが抜け落ちてさっぱりしたような父の表情を見ていると、そんな言葉もすんなり信じてしまいそうになる。
「詩織、あの男は本物だ。……彼についていきなさい。」
「え……?」
父の発した言葉に、耳を疑った。
「それって、」
「先生だよ。……あいつは、俺を殴り返さなかった。ただの一度もね。」
「いいの?先生とのこと、認めてくれるの?」
「ああ。」
この長い道のりに比べて、あっけないくらいの言葉だった。
私はいつまでたっても、これが夢なのだと思わざるを得なかった。
覚めるにしたら、あまりにももったいない夢。
私はいつまでも、この夢を見続けていたかった。
その時、病室の扉が開いた。
誰かが息を切らして飛び込んでくる。
「早瀬さん!」
「お、王子様のお迎えだ。」
父の台詞に、夏目があっけにとられた顔で立ち止まる。
「君、今日から早瀬さんではなくて、お義父さんと呼びなさい。」
夏目は、呆然と立っていた。
「それって、」
「さあ、行った行った!」
父に急かされて、夏目と私は病室を出る。
出たところですぐに、夏目は立ち止まる。
「詩織、あれ……君のお父さんだよな?」
あまりに間の抜けた夏目の表情に、思わず吹き出す。
「そうだよ。先生のこと、認めるって!」
その瞬間に、夏目の顔が歪んだ。
私があっけにとられている間に、いくつも涙が頬を伝っていった。
「詩織、俺……本気で君とはもう、会わない覚悟だったんだ。」
「でも先生、私、先生の忠告何一つ聞かないつもりだったよ。」
「え?」
「だって。先生が私のことを愛してくれるように、私だって先生のこと、愛してるんだから。……先生ばっかり、いいかっこしようなんて、そんなのずるい。」
「……そっか。そうだな、ごめんな。」
「もう二度と、私を一人にしないで。」
「約束するよ。」
あまりにもあっけなかった。
そして、あまりにも幸せだった。
そして私たちは、病室の前で小さなキスをした。
初めて泣きながらじゃなくて、慰めるためではなくて、純粋に愛する気持ちから相手を抱きしめた。
「詩織、俺と付き合って。」
「はい。先生。」
早瀬卓也
そのプレートのついた部屋の前で、私はしばし立ち尽くしていた。
私が入ったら、父がどんな顔をするのか不安だった。
帰れと言われたら、帰るつもりでいた。
でも、どうしても一つだけ、伝えたいことがあったんだ。
意を決してノックすると、はい、とはっきりした声が聞こえた。
「失礼します。」
ドアを開けると、そこにはギプスで固められた片足を吊られた、父がいた。
「詩織。」
「お父さん……、ごめんね。」
気付くと涙が止まらなくなっていた。
自分でも自分の気持ちがよく分からない。
今まであんなに苦しめられて、殴られて……でもその父親のためにどうしてこんなに泣きたくなるのか分からなかった。
「詩織。もうここへは来てくれないかと思ったよ。」
父は思いのほか静かな声で言った。
そして、にっこりとほほ笑む。
作り笑いじゃない微笑は、父に似つかわしくなかった。
「おいで、こっちに。」
おそるおそる近づくと、父は私の頭にそっと片手を乗せた。
「今まで、すまなかったね。」
「え?」
父は、まるで別人のような顔をしていた。
それ以上何も言わない父。
何かが抜け落ちてさっぱりしたような父の表情を見ていると、そんな言葉もすんなり信じてしまいそうになる。
「詩織、あの男は本物だ。……彼についていきなさい。」
「え……?」
父の発した言葉に、耳を疑った。
「それって、」
「先生だよ。……あいつは、俺を殴り返さなかった。ただの一度もね。」
「いいの?先生とのこと、認めてくれるの?」
「ああ。」
この長い道のりに比べて、あっけないくらいの言葉だった。
私はいつまでたっても、これが夢なのだと思わざるを得なかった。
覚めるにしたら、あまりにももったいない夢。
私はいつまでも、この夢を見続けていたかった。
その時、病室の扉が開いた。
誰かが息を切らして飛び込んでくる。
「早瀬さん!」
「お、王子様のお迎えだ。」
父の台詞に、夏目があっけにとられた顔で立ち止まる。
「君、今日から早瀬さんではなくて、お義父さんと呼びなさい。」
夏目は、呆然と立っていた。
「それって、」
「さあ、行った行った!」
父に急かされて、夏目と私は病室を出る。
出たところですぐに、夏目は立ち止まる。
「詩織、あれ……君のお父さんだよな?」
あまりに間の抜けた夏目の表情に、思わず吹き出す。
「そうだよ。先生のこと、認めるって!」
その瞬間に、夏目の顔が歪んだ。
私があっけにとられている間に、いくつも涙が頬を伝っていった。
「詩織、俺……本気で君とはもう、会わない覚悟だったんだ。」
「でも先生、私、先生の忠告何一つ聞かないつもりだったよ。」
「え?」
「だって。先生が私のことを愛してくれるように、私だって先生のこと、愛してるんだから。……先生ばっかり、いいかっこしようなんて、そんなのずるい。」
「……そっか。そうだな、ごめんな。」
「もう二度と、私を一人にしないで。」
「約束するよ。」
あまりにもあっけなかった。
そして、あまりにも幸せだった。
そして私たちは、病室の前で小さなキスをした。
初めて泣きながらじゃなくて、慰めるためではなくて、純粋に愛する気持ちから相手を抱きしめた。
「詩織、俺と付き合って。」
「はい。先生。」